砂と水 2


 そこに目があった。体がすくむ。何もかもが砂と同じ色をしたドラゴンがそこにいた。迂回しようとした山が背で、地鳴りだと思ったその音は、ドラゴンが発している鳴き声だったのだ。逃げようにも足が動かない。食われて死ぬのか。多少は痛いかもしれないが、このままひからびていくよりは楽かもしれない。俺はなんだか身体の力が抜け、近づいてくる大きな口を現実として受け入れていた。
「いけない」
 いきなり場違いな声がした。巨大な首が左に進んでいく。そこに女の人がいた。ハッとするほど恋人に似ている。
「いけない」
 もう一度声をかけられたドラゴンは、猫が甘えるように鼻先をその人に擦りつけた。やはり鳴き声は続いているが、ノドを鳴らす音なのか、さっきまでの声よりも幾分軽い気がする。その女性は、いい子ね、と緩やかに笑みを浮かべ、ドラゴンの鼻筋だと思われる部分を撫でた。身に付けている薄地の洋服は、どこかの民族衣装のようで、すこし時代錯誤に見える。その人がこちらを向いて苦笑した。
「脅かしてしまって、ごめんなさいね」
 俺は体中の力が抜けてしまい、思わずその場にへたり込んだ。足が根を下ろしてしまったように動かない。
 分かっている。これは幻覚だ。こんな所に人がいるはずがない。ましてやドラゴンなど想像上の動物だ。この地球上どこに行っても存在などしない。
 そうか。俺はもう駄目なんだ。ここが終わりなんだ。だったら最後に妄想だろうが幻だろうが、一人じゃないのはありがたいことかもしれない。
 その人はシェティアと名乗った。
「こんな所を、どちらに向かっているのですか?」
 シェティアは立っていた場所に座った。向かい合わせではなく、少し離れた左脇だ。優しげな視線はドラゴンに向けられている。
「街、街に……」
 俺のかすれた声に、シェティアは悲しげにうつむいた。
「そう、ですか。こんなところで人に会えるなんて、始めてです」
 そりゃ、そうだろう。今日街を出てきたなんて、都合のいい言葉を聞ける訳がない。俺は自嘲するように笑った。
「でも、この子には会えました」
 シェティアは微かに笑みを浮かべて砂色のドラゴンを見やる。まるで返事をするように、ドラゴンは顔をシェティアに向けた。

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