叶わなかった初恋 1
唇の上でチュッと小さく音がした。目の前の男の子の顔は涙でにじんでいたけれど、ポロポロと涙をこぼしているのは分かった。
「おっきくなったら結婚しようね。絶対奈々ちゃんのこと迎えに来るからね」
「うん、約束ね。裕くん、引っ越ししても忘れないでね」
それはまだ小学校に入ったばかりのこと。裕くんは同じ小学校の3年生くらいだったと思う。私が覚えているのは、その一場面だけ。でも別れるのは悲しかったし、寂しかった。子供なりに、とっても好きだったんだと思う。
付き合おうと言われるたび、裕くんが心のどこかに引っかかった。付き合ってみても引っかかったままだった。
「まさかまだ待ってる、なんてことはないだろ?」
こんなセリフは今までに何度か聞いた。でも。
「え? ホントに? あの時の奈々ちゃん?」
このセリフが聞けるなんて思わなかった。とても嬉しそうな笑顔が目の前にある。
「え? もしかして、裕、くん……?」
「久しぶりだね」
社員旅行の飲み会だよ? 同じとこに入社してたなんて、しかもカッコイイ先輩だと思っていた人が裕くんだなんて偶然すぎる。
「入社の時の履歴書が目についたんだけど、名前もそうだし同じ街出身だし、面影があると思って声をかけたら、ホントに奈々ちゃんだったなんて」
確かにそう言われてみると、ちょっと裕くんの面影がある気がする。いい方向にいい方向に育てば、こうなるのかも。
「会えるなんて、凄い偶然だよな」
ええと。この偶然、凄すぎるんですけど。しかも反則ってくらい、いい男に成長しちゃってて。ちょっとラッキー?
「引っ越しする前は、お互いの家とか近くの公園でよく遊んだよね。懐かしいなぁ」
「待ってたのに。迎えに来てくれる気、無かったんだ?」
ちょっと不機嫌そうに言ってみる。でも裕くんはますます嬉しそうに顔をほころばせた。
「ホントに待っててくれたんだ?」
うわ。墓穴だったかもしれない。しかもその笑顔に、私の心臓が大きくなってる気がする。動悸息切れ火事親父ってくらい、もう滅茶苦茶。
「でも、こんな風に会えるなんて。運命感じるよね」
ノドの辺りにある心臓を飲み込んで、私はしっかりうなずいた。