満月の牙 11


 この身体になって満月を見た時から、嫌悪感に囚われ、自身の存在すら厭わしくなった。神父である自分と狼人である自分が、一つの意識に共存できるはずがない。そう思ってからは、消えてしまいたいとだけ考えていた。
 だが。もつれて抜け道の無かった気持ちは、ルーナに必要とされることで少しずつほどけていたのだ。そして、人間でいた頃と同じように幸せを感じろと言われたことで、変わらずに神父のままの自分でいていいのだと許された気がした。
 どこからか現れたルーナが、アルフレートを後ろから掻き抱いた。
「地下へ行きましょう。お願い。私のために生きて。生きていて」
 ルーナはまだアルフレートの気持ちの変化に気付いていないのだろう。抱きしめられたままの体制で、ドアから講堂の裏側に転がり込む。それでもうっすらと漏れてくる月の光に、狼人化が少しずつ進んでくる。
「ルーナ」
 アルフレートは肩まで使って背中を押しているルーナを振り返った。どうしても今、これだけは伝えておきたい。
「ねぇ、早く」
「君がいてくれて、幸せだと思ってる」
 驚きに見開かれた目に、アルフレートは微笑んでみせた。ルーナは嬉しそうに緩みかけた顔を伏せると、再び背中を押し始める。
「何言ってるの。早く地下に、行かないと。行か、なきゃ……」
 その言葉の最後の方は、涙声になっていた。
 ルーナは食糧の確保ができたから嬉しかっただけかも知れない。もしそうだとしても、ルーナに必要とされている間は存在していていいのだと、アルフレートは素直に思えた。

―了―


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