満月の牙 10


   ***

 翌日。日の入り際に目がうつろな男が講堂へとやってきた。アルフレートを見つけると、駆け寄り、すがるように腕をつかむ。
「覚悟をしてきました。どうか神の裁きを」
 鍵をかけるのが一歩遅かったのだ。時間がかかるとまずいと思い、アルフレートは眉を寄せた。
「わしは狼人なのです」
 狼人と聞き、そんなことかとアルフレートは力の抜けた笑みを浮かべる。自分がそうだからこそ、男が狼人でないのは一目瞭然なのだ。
「ライ麦パンはお食べになりますか?」
「食事時には、毎度食べておりますが」
「腹痛があるでしょう」
 言い当てられて驚いたのか、男は丸い目をし、下腹をさすった。
「はい。この辺りがどうにも痛くてたまらんのです」
「それは麦角菌で起こる中毒症状です。ただの幻覚ですから大丈夫、あなたは人間ですよ。一度薬師の所へ行かれたらいい」
 アルフレートの言葉に男の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうごぜぇます」
 男は何度も頭を下げ、扉に向かう。日が落ちた反対側の空に満月が顔を出したのだろう、身体に青白い光を感じる。アルフレートは笑顔のままで、男を追い出すように扉を閉めて鍵をかけた。
 間に合った安心感から窓の満月を見やると同時に、手の甲に毛が生え始め、震えと共に大きく膨れあがっていく。だが、身体が変化するのが二度目の今日は、最初に受けた衝撃と比べると、すでに信じられないほど心境が変化していた。

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