満月の牙 9


「そんなことより、早くご家族の所へ。みなさん心配なさってますよ」
「はい。ありがとうございました」
 娘は丁寧にお辞儀をすると、講堂を出て行った。アルフレートは心からホッとして後ろ姿を見送る。
「よかったわね」
 入れ違うように奥のドアから入ってきたルーナが、冷たい声を立てた。
「でも、死ねなかった」
 ルーナも死にたいのかもしれないと言った吸血鬼の声を思い出し、アルフレートはそう口にした。
 今は死ねなかったことよりも、ルーナがどんな反応を返してくるかが重要だった。見つめたアルフレートの目に、眉を寄せたルーナが映る。
「あなたが無事だったから、あの子が助かったのよ? 嬉しかったんでしょう? 今幸せだと思わないで、いつ思うの?」
 想像もしていなかった言葉に、何を言い出したのかと、アルフレートはルーナを呆然と見つめた。
「昔のことでしか幸せを感じられないなんて、もったいないと思わない? あの時は幸せだった。それで今はどこが幸せ?」
 ルーナは今幸せと思えというのだ。それはむしろ、神父としてアルフレート自身が説かなければならないことかもしれなかった。
「そうか。そうだな」
 アルフレートに前向きな感情を持って欲しいとルーナが考えているだろうことは、容易に想像がつく。それは自らの死を考えていないという証拠のようなものだ。苦笑したアルフレートに、ルーナはさらに不機嫌な顔をした。
「だけど、そんなのが幸せだなんて、ちょっと癪だわ」
 ツンと顔を背けると、ルーナは柱の陰に入って姿を消した。

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