鞘の剣 3-1


 母の後ろにいたはずだった。でも、いつの間にか見えなくなっていた。今日の市場はいつもより人が多くて、母を見つけられるか不安になる。昨日のことが頭の中にあって、考え事なんてしていたのがいけなかったんだ。胸に抱いたオレンジを入れている紙袋が、さっきよりも重たく感じた。
 まわりを見ながら少し歩く。石畳に響く靴音や店の人の声が冷たく聞こえる。市場の端に来てしまってから、動かないでいればよかったかなと後悔した。ここまで来てしまうと、なんだか薄暗くて人通りもほとんど無い。戻ってみようか。それとも、この道をまっすぐ家に帰る?
 迷って立ち止まった途端、後ろから誰かがぶつかった。
「何やってる! 邪魔だ!」
 ドンッと背中を押され、前につんのめって手と膝をついた。紙袋を放してしまい、中からボロボロとオレンジが転がり出る。上体を起こして振り返ると、半分ニヤけた気味の悪い顔があった。怖くて胸がドキドキしてくる。
「あ、あの」
 謝ろうと声を出しかけた時、ゴンッと音がしてその人の身体が揺れた。
「何やってる、邪魔だ。なんてね」
「なんだと! このや、やろう?」
 その人が後ろからの声に振り返り、鎧の胸元を掴もうとして手が空を切った。フォース?!
「わざわざ追いかけておいて、邪魔だ、は無いだろう?」
 そう言いながら、フォースは側に来て私に手を差し出す。私はその手をとって立ち上がった。
「このガキっ、俺は鎧を着てりゃ騎士だと信じるバカじゃないぞ!」
 フォースは私と視線を合わせたまま苦笑し、短剣を抜く音に振り返った。フォースがいくらか体勢を低くしたとたん、ガンッと嫌な音が耳に響いた。男が短剣を手から取り落とし、石畳にガチャッと剣身が落ちる。フォースはその短剣を拾い、その男に向き直った。
「鎧を突き通そうと思ったら、もっと剣身が細くないと。それに利き手じゃない方でしっかり持って、利き手は短剣の柄に当てて押し出すようにしないと、力が入らないよ」
 こうやって、とフォースは短剣を握り直した。男の顔が青くなる。
「な、なに言ってやがる」
 フォースは冷たい笑顔を浮かべ、その男に一歩近づいた。男は腰が引けたように後ろにさがる。
「ま、待てって。ちょっとムシャクシャして憂さ晴らししただけじゃないか」
「あれが憂さ晴らし? これも?」
 フォースは手にした短剣を見せながら、男をにらみつけた。

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