鞘の剣 3-3


 一瞬、心臓が大きくなった気がした。何かって、フォースが刺されてしまうということ? フォースは、まるで取るに足りないことのように肩をすくめて苦笑している。でも、これは夢でも遊びでもない、現実なのだ。
 フォースが着けているこの新しい鎧は上位騎士のモノだ。そういえば何度か功績をあげたという噂を、私でさえ耳にした。凄いと思う。だけど、でも、怖いとも思う。功績を上げるということは、それだけ戦の中にいることになる。そしてその分だけ剣を合わせていることになる。あんな小さな短剣ではなくて、大きな何本もの剣の前に命をさらして。
 さっき、私は人が死ぬのは怖いから見たくないと思った。だけど、もしかしたらフォースの方がどうにかなってしまうということも、無いわけではなかったのだ。そう思ったとたん、ガンッと鎧に短剣が当たった音が、いきなり頭に蘇ってきた。
「リディア?」
 ハッとして顔を上げると、フォースは私をのぞき込むように見ている。
「顔色が悪いな」
 私は大丈夫だと首を振って見せた。しっかりしなきゃと思うのに、涙がにじんでくる。この泣き虫はどうにかしなくちゃいけない。
「送っていくよ」
 フォースの手がポンッと私の肩を叩き、落ちているオレンジを拾い始める。大きな騎士の人も拾ってくれて、袋はすぐに元通りになった。
「じゃあ、新任周辺警備責任者さん、後はよろしく」
 フォースはそう言うと、すぐ側に立つ大きな騎士に敬礼をした。大きな人はニッと笑って返礼をする。
「フォースは報告書、よろしくな」
「ええっ?」
 目を丸くしたフォースに、大きな人はのどの奥で笑い声を立てた。
「あのな、俺はなんにも見てないだろ」
「あ、そうか。そうだな」
 フォースは眉を寄せて、ため息で笑う。
「じゃ」
「明日」
 フォースと大きな騎士は、敬礼ではなく手を挙げただけの、簡単な挨拶をした。その手がそのまま私の前に差し出される。
「ほら、手」
 そう言われて、私はオレンジを受け取らなきゃと思い、両手を差し出した。片方の手がフォースの少し大きな手に包まれる。驚いて見上げた私を見て、フォースはフフッと含み笑いをした。
「またはぐれたら困るだろ。ミレーヌさん探さなきゃ」
 グイッと引かれた手がほんわり暖かくて、私はまるでもう母に会えたみたいにホッとした。

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