日が変わる頃になって、ようやくアルトスはドナの村にたどり着いた。小さな村は、完全に人通りが途絶えている。だが、酒場である宿の一階の窓からは明かりが溢れ、近づくにつれて扉の隙間から騒がしい声や物音が漏れているのが分かった。
アルトスはなるべく音を立てないようにそっと扉を引いたが、カランとベルが鳴り、扉はアルトスを盛大に迎え入れた。振り向いた兵士たちは一斉に立ち上がり、アルトスに敬礼を向ける。アルトスは疎ましげに返礼を返した。
「気遣いは不要だ」
アルトスはそう言い捨てると、兵士たちが元のように座るのを待ち、控えめに戻ってきた喧騒の中に、足を踏み入れた。
「え? 土が」
その声にアルトスが振り返ると、通り過ぎたテーブルの兵と目が合った。
「何だ?」
「い、いえ、なんでも」
その兵士は、おどおどとした視線をテーブルに戻すと、うつむき加減で肩をすぼめる。何事もなかったかのように歩きだしながら、アルトスは鎧の腰に手をやった。ザラッとした土の感触があり、思わず土が付いていることを指摘した兵士を振り返る。視線が合い、ギクシャクと目をそらした兵士をにらみつけるように目を細めると、その不機嫌なままの顔を前に向け、カウンター席の後ろを二階に続く階段へと急いだ。
階段のすぐ側まで来た時、カウンターの奥の席で飲んでいた男が、アルトスに向き直った。
「よぉ。久しぶりだな」
「ジェイ?!」
そこにいたのは諜報部員で、名前をジェイストークという。二人は同じ時期に同じ城で育てられた旧知の仲で、それぞれ配置は違っても、友人として付き合いが続いていた。その見覚えのある茶色の髪と瞳を見て、アルトスは嫌なモノを見たとばかりに視線を階段に戻す。
「おいコラ。名を呼んでおいて無視はないだろ」
アルトスの無視に悪びれた様子も見せず、むしろ笑みまで浮かべて、ジェイストークはアルトスの腕を掴んだ。
「会ってきたんだろ」