レイシャルメモリー後刻
第14話 その瞳に映る世界を 5


   ***

「準備が整っ、え?」
 執務室奥、タスリルの部屋のドアを開けたフォースの目に、椅子にゆったりと腰掛けたまま目を閉じているリディアが映った。タスリルがフォースを振り返り、薄い笑みを浮かべる。
「今のうちに、少しでも眠っておいた方がいいからね」
 タスリルが術を使って眠らせたのだろう。リディアが無事だと分かって、フォースは音を立てないよう、静かに息を吐き出した。リディアは最近、ほんの少しのことでも起きてしまっていた。やはり大きなお腹をしていては寝苦しいのだろうと思う。
「だが、もう少ししたら、痛みが来るだろうよ」
 タスリルが付け足した言葉に、一気に心配が戻ってくる。フォースは、リディアにそっと近寄った。手に握られているサーペントエッグを見て、フォースはタスリルに渡したままにしていたのを思い出した。
 フォースが皇帝を継ぐのは、国民にも周知の事実として受け入れられている。リオーネの一件もあり、すでに向き不向きではなく、やらなくてはならないことになっていた。皇帝としての任務を遂行できなければリディアにも弊害が生じるだろう。子供が生まれれば、その子供にもだ。
 リディアの顔をのぞき込んだその時、眉が少し寄った気がして思わず身構えた。リディアは少しずつ目を開けてフォースに気付くと、ニッコリと微笑んだ。
「フォース」
 差し出されたリディアの手を取る。
「準備ができたよ」
 そう伝えると、リディアはしっかりとうなずいた。その表情が一瞬で歪み、手を握る力が強くなる。
「リディア?」
「痛……」
 タスリルが側に来てかがみこみ、リディアと視線を合わせた。
「息を吐くんだよ」
「ん……、ああ」
「もっと、もっと吐くんだ」
 タスリルの手が、リディアの腰をさすっている。その視線がフォースに向けられた。替われということなのだろう、フォースはリディアの腰をさするのを受け継いだ。リディアは息を吐ききったのか、目を開けて小さな呼吸を繰り返している。

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