レイシャルメモリー後刻
第14話 その瞳に映る世界を 8
リディアは皇太子妃なのだし、愛想もいい。見たいという気持ちは充分に理解できる。だがフォースはそれ以上に、出産というモノがどれだけ大変なことかを意味しているように思えてならなかった。
国全体で見れば出産は日常茶飯事だが、妊婦が死んでしまうことも多い。母親が無事だとしても子供に何かあったり、その逆もある。まさか、最後かもと思って見に来たわけではないだろう。だが、完全に振り払ってしまえるほど、不安は小さくはなかった。
「レイクス様、大丈夫ですか?」
「なに言ってる。悪いことが起こるかもしれないなんて、そんなに考えてな、あ」
思わず振り返ると、ジェイストークはいつもより少し気が抜けたような笑みを浮かべていた。
「と、とにかく、ジェイに心配かけるほど、大丈夫じゃないなんてことはない」
「はい」
余計な言葉に、当然ジェイストークも気が付いているだろう。フォースは恥ずかしさを隠して前を向き、再び歩き出した。
「父上に連絡は入れたんだろ?」
「させていただきました。すぐこちらに向かわれるとのことです」
「あとは父さんとシェダ様だけか」
だけ、と言ってから、ミレーヌが頭に浮かんだ。今のリディアにとって必要なのは、むしろ母親の方だろう。だが、シェダに知らせをやったら、聞いた場所から取って返してしまうと思う。フォースは執務室のドアを開けるついでに振り返り、ジェイストークを見やった。
「自室に仕事を運んでくれ」
「承知いたしました」
返事を聞きつつ執務室に入ると、フォースは厚く作られた小さな紙を取りだした。背中にジェイストークが兵に指示する声を聞きながら、ミレーヌ宛に手紙を書き始める。
リディアが産気づいたことは、グレイにファルを送って、ルーフィスとミレーヌに伝えてもらう。シェダにはミレーヌにも連絡したことを合わせて知らせる。シェダがヴァレスまで戻るか戻らないかは本人の意志に任せようと思う。
後をジェイストークに任せ、フォースは庭に出た。短く三度口笛を吹くと、ファルが城の裏側から姿を現した。すぐ側に舞い降りたファルの足に手紙を取り付ける。
「頼んだぞ」
ファルも慣れたのか、特に合図も無いうちに飛び立ち、新たに合図がないか確かめるように上空を一度旋回してから、ヴァレスの方向へと遠ざかっていく。フォースはファルが見えなくなる前に、城に取って返した。
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