レイシャルメモリー後刻
第10話 以心伝心愛情愛護 3


 慌てて両手のひらを向けて振ると、アルトスはわずかに笑みを浮かべた。
「おかしな奴だ」
 そう言ってまた前を向いたが、ジェイストークには、笑みを見せたアルトスこそがおかしいと思う。
「アルトスこそ。何かあったのか?」
 今度は振り向かなかった。ただ、肩の動きで少し大きな息をついたのが分かる。
「結婚した」
 思わず足が止まる。
「変わったのはそれだけだ」
 いつもと変わらぬ口調に、喜びが笑いになってこみ上げてきた。
「そうなのか! いや、おめでとう!」
 ジェイストークは笑い声を押し隠さず、まっすぐ口に出した。
「ってことは、完治したと彼女から連絡があったのか?」
 アルトスにはクロフォード陛下の命による婚約者がいた。ただ、病にかかったとのことで結婚は延期になっていたのだ。
 ジェイストークは前を歩くアルトスの横に並んだ。見えてきた研究所から目をそらさず、アルトスが口を開く。
「いや。結婚することがすべての許容に感じた、と」
 なんのことかと顔をのぞき込んだジェイストークに、アルトスはわずかな笑みを浮かべた。
「リディア様が、そうおっしゃっていた」
「なるほど、目に見える許容の形、というわけか」
 その言葉にアルトスがうなずく。病が完治したから結婚したのではないらしい。だがジェイストークは、マクラーンに戻るたびにアルトスが彼女の所へ顔を出しているのは知っていた。彼女にとってこの結婚は、本当に許容だったのかもしれないと思う。
「マクラーンにいらしたら、会っていただこうと思っているのだが。ご訪問の予定を遅らせているのは何か理由が?」
 アルトスが眉を寄せた顔をジェイストークに向けてくる。
「最近、リディア様に疲れが出ていらっしゃるようなんだ。レイクス様も自室で執務されていることが多い」
「タスリル殿にお任せすればいいものを」
 ため息混じりのアルトスの言葉に、ジェイストークはどこか違和感を覚えた。
 確かにタスリルに任せておけば間違いないのだし、普通ならフォースに執務室で仕事をさせると思う。だがタスリルもそれを止めることもなく、静観しているのだ。
 考え込んだジェイストークに気付いたのだろう、アルトスが言葉を向けてくる。
「まさか何か悪い病に」
 その言葉にジェイストークは違うと思った。悲壮感はない。むしろ逆だ。
「いや、もしかして……」
 自然と頬が緩む。その表情を見逃さなかったのだろう、アルトスが目を見開いた。

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