レイシャルメモリー後刻
第13話 その輝きは永遠に 3
「取り返しの付かないことを……、愛する人を、殺してしまったのです」
グレイは思わず身体を硬直させた。小窓からそっと向こう側をうかがう。涙がこぼれるうつむいたその目は、あの薬師のモノだ。事件を止めようにも、すでに起こってしまっていたのだ。
懺悔なのだから、軍に知らせることも出来ない。この部屋を出たら、すべて忘れなくてはいけないと思う。グレイは動悸を深呼吸で押し込めた。
「薬を多く飲ませてしまったのです。秤の針が振れない量で、まさか、こんな事になるなんて……」
それが惚れ薬なら、少しでも多く飲ませたいのは人情だろう。その量がそこまで厳密なモノだったのだと、グレイはゾッとした。
「シャイア様、どうか私の罪をお許しください。そして、ヤーラをお願いします。どうか、どうか……」
袖で涙をぬぐい、薬師は懺悔室を出ていった。最初の挨拶だけで、グレイは一言も返せなかった。それでも、薬師が少しでも救われているのなら、それでよかったのだと思う。だが、たぶん被害者だろうヤーラとやらは救われない。
「ねぇ」
「え?」
誰もいないはずの向こう側からの声に、グレイは思わず反応を返した。
「あ、よかった、聞こえるのね」
小窓の向こうに、いつの間にか長い金色の髪が見えている。薬師が出て行ってから、誰も入ってきてはいないはずだった。だとしたら、薬師と一緒に入ってきていた事になる。
「どなたです?」
まさかと思いながら、グレイは声をかけた。
「ここ、懺悔室でしょう? 私が誰かなんて必要?」
言われてみればそうだ。名前も性別も、ここでは重大ではない。でも。
「もしかしたら、先ほどの方のお知り合いでいらっしゃいますか?」
「そうよ。って、分かっているのに聞くのね? さっきの薬師にお願いされた、ヤーラっていうのが私」
その声は明るい。明るいが、この人はあの薬師にすでに殺されているらしい。小窓から見える髪は、夢か幻か。思わず冷たい笑いがグレイの口を突いて出た。
「ええ、分かりました。ですが、お願いされたというのはシャイア神に、ですよね?」
「そうだけど。あなた冷たいんじゃない? 神官なんだから、シャイア神との架け橋なはずでしょう?」
「は。冷たいというのは友人にも、よく言われますが」
「さっきの薬師に恨みを持ってはいるけど、取り憑くほど恨んでもいないわ。なのに、お迎えが来てくれないのよ。せっかくこれでヴェーナに帰れると思って喜んだのに」
ヴェーナに帰るということは、ヤーラは妖精や精霊の類なのだろう。確かに、グレイの目に見えている腕は、人間と比べると細くて白い。帰れると思ったから、暗さを感じられないのだろう。逆に喜んでいるような、ヤーラの明るさにホッとする。
4へ