レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 3


 皇帝を継ぐのなら、覚えなくてはならないこと、できなくてはいけないことは山のようにある。フォースがライザナルに戻るまで、メナウルの騎士だったなどと信じられないほどに。
「失礼します」
 ノックも早々に、アルトスが入室してきた。早足でフォースの元へと歩み寄ると、耳元に口を寄せて何か囁いている。フォースの表情が明らかに引き締まった。
「用件は?」
「時間はいくら掛かってもかまわないから、直接腹を割って話されたいとのことです。メナウル行きの日程もすべてお話しした上、ご滞在いただくよう客室へお通しいたしました」
 控えめな声ながら、アルトスの声はレイサルトにもしっかりと届いた。アルトスのことだ、自分にも聞かせたかったからなのだろうとレイサルトは思う。その予測は間違いではなかったのだろう、アルトスと目を合わせて小さくうなずいたかと思うと、フォースはレイサルトに視線を寄越した。
「用事ができた。メナウルへはレイサルトが行ってきてくれ」
「ええっ? 一人でですか?!」
 レイサルトが慌てて聞くと、フォースはリディアに視線を向けた。
「行くか?」
「残るわ」
 リディアは少しも間を置かずに言うと、穏やかに微笑んだ。レイサルトも母が父を置いて旅をするなど、ありそうにないとは思ったが、少しは悩んでくれるだろうかと期待しただけに、身体からすべての力が抜けた思いがした。
「行ってくれるか?」
「はい。ご同行いたします」
 フォースに問われてそう返したアルトスに、レイサルトはとても心強さを感じた。
「次の式典までに戻ってくれればいい」
 アルトスは、御意、と言って頭を下げた。レイサルトはアルトスの口の端に、笑みがあるように見えた。

4へ


前へ シリーズ目次 TOP