レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 9


「今になって、一体何を……」
「さぁ。なんでしょうね?」
 笑みさえ浮かべたように見えるアルトスの表情に、レイサルトはあっけにとられた。
「心配にならないですか?」
「何がです?」
 あまりに簡単に返された言葉に、レイサルトは苦笑した。ラバミスという人はライザナル皇帝という立場に対して、何か無理難題を押しつけに来たのかもしれない。もしくは、戦士としてのフォースに、よくない知らせを持ってきた可能性もある。だがアルトスは、まず間違いなく、本当に何も心配してはいないのだろう。それだけフォースを信頼しているということだろうか。むしろ、面白がっているように見えなくもない。
 アルトスは公の場を除くと、フォースに敬語を使うことが無い。だが、友人と言うほど仲がよくも見えない。むしろ、練習と言っては本気としか思えない剣の打ち合いをするし、罵り合いもする。それなのに、側にいるジェイストークに止められることもない。
 心配することは無い。普段と変わらないアルトスを見ていて、レイサルトは少しずつ、その思いが大きくなってきた。
「悪い方向にだけ考えるのは、おやめください」
「そうですね。つい悪く考えてしまいました」
 レイサルトは、素直にうなずいた。アルトスの目に、不意に力が増す。
「いい方向にのみ考えるのも、おやめください」
「え?」
 思わず見入ったアルトスの黒い瞳が、柔らかに笑みを浮かべる。とたん、まるで思考が流れ込んできたかのように、レイサルトは納得できた。ここでいかに悩もうとも、結論を出すのはフォースなのだ。そしてそれは、今のレイサルトにとって絶対だった。無力感が気持ちを支配していく。
「はい。俺が考えても無駄ですね。それより、これからやらなくてはならないことを考えます」
 アルトスはいつもの表情で軽くうなずき、もう一度口を開く。
「予定通り、本日はギデナで宿泊となります」
 ギデナには馬車や馬を置く拠点がある。宿泊するにはちょうどいいのだろう。レイサルトは、はい、と返事をして、窓の外に目をやった。
 旅路の先のことを考えたかった。誰かがメナウルに行かなくてはならないことも理解できている。だが、同じ紺色の目を持つ者として、その場にいられないことがひどく悔しかった。

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