レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 16


「まずは、お茶でも」
 レクタードは先に立って歩き出した。レイサルトはスティアに指し示され、レクタードの後に続く。兵士に混ざって立っていた、小さな頃に遊んでもらった元兵士のアジルに敬礼され、軽く返礼をして通り過ぎた。
 皇帝一族の私的な部屋は、すべて三階に設けてある。お茶もたぶん三階のどこかの部屋だろうと思いつつ、レイサルトは階段の上を見上げた。
 レイサルトがルジェナ城に住んでいた頃、一族の部屋は一階にあった。フォースとリディアがマクラーンに移った時、城を術で守っていたタスリルがヴァレスに戻ったために、三階へと移したらしい。タスリルは叔母のニーニアを弟子として、元居たヴァレスで薬屋を再開した。そして先代の皇帝クロフォードが逝去後、一月もしないうちに亡くなっている。ヴァレスでは、ニーニアの店にも寄る予定が立てられていた。
 案内されたのは、前にもお茶を飲んだことのある応接室だった。護衛の騎士をドアの外に置き去りにして中に入る。レクタードの表情は軟らかくなり、スティアは微笑むどころかクスクスと笑い声まで立てている。前に会ったときと変わらない雰囲気に、レイサルトはホッと息をついた。ただ娘二人、マルジュとフェネスは、まだ幾分緊張しているように見える。
「レイは、また背が伸びたわね。越されてる?」
 正面に立ったスティアの目を見ると、レイサルトの視線は、ほんの少しだが下を向く。
「そうみたいです」
 思わず嬉しくなって笑みを浮かべると、スティアは顔を寄せてきた。
「やっぱりフォースに似ているわ。この瞳、懐かしい色」
 こうして目をのぞき込まれると、どうしていいか分からなくなる。レイサルトは苦笑しつつ後ずさった。
「そうやって逃げるのも同じね」
 スティアの言葉に、レクタードが控えめな笑い声を立てる。
「普通、意味もなく顔が近づいてきたら逃げるだろう」
「そうだけど。あ、お茶にしましょうね。マルジュ、フェネス、席について。レイはそこね。あなたも」
 スティアに急かされて、レクタードも座らせられている。みんなを座らせたかと思えば、スティアはお茶を頼むために、ドアから廊下をのぞき込んだ。
 この一家は普段、スティアが先導して動いているように見える。かといって、人前でレクタードの前に立つことはない。レクタードもそれが楽なのだろう、逆らうことなく従い、その手の中で仕事も生活も、そつなくこなしている。

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