レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 28


 ルーフィスがノックしたのは、来るたび一番最初に通される、慣れた部屋のドアだった。このドアを開けたら、正面の大きな窓から光が差し込んでいて、左側にソファーやテーブルがあり、右側には低い高さの飾り棚がある。些細だが、室内の予測を立てられることで、レイサルトの緊張が幾分緩んだ。
「どうぞお入りください」
 帰ってきた返事は、女の子の声だ。はたして、ルーフィスが開けたドアの向こうには、十三歳になったばかりのサーディの娘、ファリーナが立っていた。
「レイサルト様、こんにちは。父は席を外しておりますが、すぐに戻ります。どうぞこちらでお待ちください」
 ファリーナはレイサルトと目が合うと、ニッコリと笑みを浮かべて軽いお辞儀をした。
「お茶をお持ちします」
 ファリーナは、レイサルトが笑みを返しただけでそう付け足し、ドレスの裾をひるがえして部屋の奥に入っていく。振り返ってアルトスに苦笑を向けると、アルトスは薄く笑って部屋にレイサルトだけを残し、ドアを閉めた。
 信用されているのか、どうでもいいと思われているのか、謁見の間で一人きりになれるとは思ってもいなかった。気が抜けて、思い切り大きなため息が出る。
 この部屋に通される時は、いつでも両親が一緒だった。正面の窓から外を見たかったが、当然勝手には動けない。今なら大丈夫そうだと思い、レイサルトはその窓に近づき、外に目を向けた。
 ここは城の二階だが、少し高台に建っているせいもあり、目線より下に街が見える。たくさんの屋根が陽の光を跳ね返し、空の青に映えて美しい。その景色が、ルジェナ城を囲む湖面に似ているとレイサルトは思った。
「あっ」
 背中から聞こえた声にレイサルトが振り向くと、トレイにお茶を乗せたファリーナが立ちつくしていた。窓の側にいることに罪悪感がわく。
「あ、ごめん、何かマズかった?」
「いえ、レイサルト様、すみません。私、座っていただくのを忘れました」
 ファリーナはトレイを手にしたまま、深々と頭を下げた。カップがカチャッと音を立て、ひっくり返さないかと心配になる。
「いや、かまわないよ。むしろ一度ここから外を見てみたかったから、スッキリしたっていうか」
 レイサルトは慌てて微笑んで見せた。ファリーナは安心したのか、ホッと息をつく。
「ごめんなさい。どうぞこちらにお座りになってください」

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