レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 29


 もう少し窓の外を見ていたかったが、ここでごねてはファリーナが可哀相だ。レイサルトは言われた通りに席に着いた。ファリーナはおぼつかない手つきでテーブルにお茶を置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
 御礼の言葉に微笑んだファリーナを見て、レイサルトも安心した。ガチガチのまま目の前にいられると、その緊張は間違いなく伝染する。
 特に話すこともなく、レイサルトはお茶を手にし、愛想笑いをしてから一口飲んだ。お茶の香りがさらに気持ちを柔らかくする。
「サーディ様、お后様、ディロス君、みなさまお元気でお過ごしでしたか?」
 前皇帝ディエントと后セレーネは健在だが、現在はサーディにすべてを任せて一線を退いている。城都から二日分ほど南にある街に住んでいるとレイサルトは聞いていた。
「はい。父母も弟も、みんな元気にしております」
 よかった、と小さく声に出して一息つくと、レイサルトはすっかり落ち着いた。
 ファリーナは顔を上げて口を開きかけると、言葉を飲み込んでうつむき、小さく息をついている。それが何度か繰り返されて、ファリーナは何か言いたくて言い出せずにいるのだろうとレイサルトは気付いた。
「どうしたの?」
 思わず疑問をそのまま口にした。ファリーナはレイサルトと視線を合わせ、目をしばたたかせている。
「どう、って……?」
「何か聞きたかったんじゃ?」
 レイサルトの問いに、ファリーナは目を丸くした。
「え? どうして分かったんですか? ええ、おうかがいしたいと思っていることが……」
 言葉を濁したファリーナを見て、もしかしたら言いづらいことだったのかと、レイサルトは気付いた。だが、すでに聞いてしまったモノは仕方がない。ファリーナはまた何度か言いかけて口を閉じ、意を決したように顔を上げた。
「あらためておうかがいするようなことではないのですけれど」
 そう言うと、ファリーナは気を落ち着けるためか、一度深呼吸を挟む。
「いつもの女性騎士さん、今回はいらっしゃらないのですか?」
 思いがけない問いに、レイサルトは思わずドアを見やり、その向こうにいつもと違ってアルトスがいることを思い出した。

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