レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 33
「新しくお茶を持ってきてくれるかい?」
サーディの優しい横顔と視線を合わせ、ファリーナが、はい、と返事をして立ち上がった。キッチリとしたお辞儀を残して部屋を出て行く。ドアが閉まった音を合図にしたように、サーディは、そうそう、と少し身体を乗り出してきた。
「悩むのは当たり前だ。私たちだけではない、誰でもだ。日々ことが起きているのに何も考えない、感情が動かないなんて人間はいないだろう?」
「それは、そうです」
「だから言っておいたよ。君の立場で悩んでいなかったら、人として終わってるって」
思わず吹き出し、レイサルトはそのまま感情を放り出したかのように、ポカンとサーディの顔を見つめた。
サーディも皇位継承権を背負って生まれてきたのだ、自分と同じように悩んできただろうことは、レイサルトにも容易に想像が付いた。悩んでいてもいいのだという肯定が嬉しい。
でも現在、サーディは完璧に自分を手に入れているとレイサルトは感じる。前皇帝の影に左右されることもない、どんな出来事にも揺るがない自分という存在を持っているのだ。
この強さはフォースも持っている。自分もいつか手に入れなければならない力なのだろうと思う。だが、一生を掛けても手に入れられるとは思えない。
「私もサーディ様や父のように、皇帝になる日が来るのでしょうか」
レイサルトには、その根本の事実から信じられなかった。サーディの微笑みが、遠くを見る眼に変わる。
「ああ、私もそんな風に思っていた時期があったよ」
同じ思いがサーディにもあったのかと、レイサルトは驚いた。記憶をたどっていたサーディの視線が、レイサルトの目に戻ってくる。
「こういう立場にいると、父を目標にするのが一番お手軽だ。側で見ていられるのは父しかいないわけだし。実際フォースはよくやっているから、遠く感じるだろうね」
はい、と、レイサルトは素直にうなずく。やはり自分は、父のようになりたいのだ。その目標があまりにも遠いから、途方に暮れているのかもしれないと思う。
「だが、君とフォースでは育ちも成長の過程もまるきり違う。君の環境は、むしろ私に近いだろう。フォースとは出来ることも自ずと変わってくる」
「……、そうですよね」
34へ