レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 45


 フォースの脳裏に、シャイア神の意識が勢いよく流れ込んできた。同じような感覚があるのだろう、ラバミスは地面に額を押しつけ、リディアはフォースの腕を掴む手に力を込めて耐えている。滝壺に落ちる大量の水のように激しく雪崩れ込む意識に、フォースも頭を抱え込みたいと思う。だがフォースは、なんとかして女神の真意を受け取ろうと、女神の意識に集中しようと努力した。
 フォースは、ライザナルへの一歩を踏み出した反目の岩で、頭に同じような衝撃があったことを思い出していた。その時の衝撃と比べると、ずいぶん軽いのだ、今なら理解できるはずだと思う。すっと収まっていく意識の中から、いくつかの言葉が頭に残った。手から力が抜けると共に、確認するようなリディアのつぶやく声が聞こえてくる。
「感情、入れ替わったまま、戻す……?」
 フォースは振り返ってリディアの顔を見た。考えてみれば、リディアに女神の声が聞こえること自体、有り得ない話だった。
 フォース自身とラバミスは、神の守護者と呼ばれる種族なので、女神の声が聞こえても当たり前だ。だかリディアは、前に巫女だったというだけで、今は女神とのつながりは無いはずなのだ。それが聞こえているのだから、女神が言ったことに間違いはないのだろう。
 リディアは何か思い付いたのか、ハッとしたように口に手をやり、フォースを見上げてきた。
「そういえば降臨されている時に、シャイア様の感情を強く感じたことがあったわ。もしかしたら、その時に入れ替わっていたのかもしれない」
「そんなことが?」
 フォースがのぞき込んだリディアの視線が、記憶をさまようように虚空を見つめる。
「あれは、……、そう、神殿の地下で本を探している時だったわ。シャイア様、まるでフォースを自分の子供のように愛してた」
 入れ替わった気持ちでも、リディアがそんな思いを持っていたと思うと、何となく照れがある。フォースは顔が赤くなったような気がして、子供かよ、とつぶやき、気を落ち着けるために一度小さく息をついてからシャイア神の光に視線を向けた。
「苦痛は無いのか」
 そう口にしたとたん、流れ込んだままの大量の意識から、降臨は一部分、苦痛は変わらない、という言葉が脳裏に浮かんできた。すべての返事が、あの大きな意識の中に含まれているのかもしれなかった。
「フォース、私、シャイア様の言うとおりにするわ」
 フォースは、リディアが見上げてくるその瞳を見つめ返した。リディアは笑みを浮かべている。

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