レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 49


「下界に住む遊牧民の邪魔にならぬよう、北方の未開の地へ移り住もうと考えています。気温が変わらなくても、天候の変化は山より穏やかでしょうから」
 ライザナルとシアネルは、ディーヴァ山脈が途切れた北の土地で隣り合っている。山を挟まないだけ、国としては近くなるのかもしれなかった。
「それでしたら。寒さに強い作物の苗を持ってきておりますので、どうぞお持ちになってください」
「そうですか! それは助かります」
 長老は目を細めて手を差し出した。フォースはその手を両手で包むように握手する。目を丸くしているラバミスに、フォースは薄い笑みを浮かべて見せた。
「状況が変わった。新たな門出への贈り物として、ちょうどいいと思うんだが」
「ありがとう……」
 ラバミスは、座り込んでしまうのではないかと思うほど、大きく息を吐き出す。どちらにしろ置いていくつもりだった物だが、廃棄されていた苗を拾うよりも、贈られた方が数倍気持ちがいいに違いない。
「忙しくなるだろう? 隊を待たせてある場所にそのまま置いていくから、後で持っていけばいい」
 村人の流れを見ながら言ったフォースの言葉に、ありがとう、と、ラバミスがうなずいた。合わせてきた視線が幾分歪む。
「こんな風に村を離れる時が来るなど、思ってもみなかった。寂しいが、そうも言っていられないな」
 ラバミスの言葉に、メナウルを初めて離れた時を思い出し、フォースは、そうだろうな、とつぶやき、うなずいて見せた。
「準備がありますので、私はこれで」
 頭を下げた長老に、フォースは同じ様に挨拶を返した。
「それでは私も失礼いたします」
 フォースは村を出る階段へと身体を向け、足を踏み出した。少し離れたその背中に、しかし村を捨て置くのはもったいない、とラバミスの声が愚痴っぽいうなり声で届いてくる。
「今まで見つからなかった村だ。時が経てば遺跡になり、種族の存在を存在以上に雄弁に語ってくれるだろう。そうなったら面白いと思わんかね」
 そう、種族の存在意義も、自らの戦士としての意義も、この村と一緒に遺構と化したのだ。芯から楽しげな長老の声に、フォースは振り返らずにうなずいた。

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