レイシャルメモリー後刻
第16話 この街道の果てまで 52
術師街の道は、主要の通りでも道幅が狭く、人が三人横に並べるか並べないか程の広さしかない。レイサルトはその道を、バックスとアルトスを後ろに従えて歩いていた。
向かっているのはタスリルの店だ。タスリルは十年ほど前にすでに亡くなっているが、店の呼び名は相変わらずそのままになっている。タスリルがグレイに意見されて付けた看板に、タスリルの店と書かれているから、ということになっている。
地面を掘り下げてある階段を下りると、てのひらより小さいその看板が見えた。これでは宣伝にもならないだろうが、タスリルが折れたと大騒ぎしていたフォースやグレイを、レイサルトは覚えていた。
ドアを開けると内側に付いている鈴が、いつものようにガラガラと鳴る。
「レイ、久しぶり」
バックスとアルトスを置いて中に入ると、若い叔母、ニーニアの声がレイサルトを出迎えた。ニーニアは薬師の中でもまだ若く、なによりライザナルの王女が薬師になったという経歴のせいもあって、周りの薬師に可愛がられていると聞いている。黒いフードの下から、実際可愛らしく色白な顔がこちらを向く。
「あら、浮かない顔ね」
「そ、そうですか?」
心情が筒抜けだと思ったら、慌てた声が出た。
「グレイ、レイが来たわよ」
言い訳する間もなく、ニーニアがグレイを呼ぶ。レイサルトは、再び笑みを向けてきたニーニアに、苦笑でごまかすしかなかった。あまり広い家ではない、すぐにグレイの返事が聞こえる。
「息子、よく来た」
「違います」
呼び名が似ているからと、毎度言われる言葉に出迎えられ、いつものように速効で否定する。だが、神官服を着て現れたグレイに、クックと鳩みたいな笑いだけで流され、レイサルトはため息をついた。
「レイ、フォースたちもサーディもここに集まってしまっては狭すぎだ。神殿に移動するよ」
グレイの言葉にニーニアが二度うなずく。
「両方に連絡は付いてるわ。レイは通り道だから一緒に行こうと思って待ってたの」
思わず出そうになった苦笑をこらえ、レイサルトは、分かりました、と扉に向き直った。
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