レイシャルメモリー後刻
第11話 煮ても焼いても鴨の雛 4
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「ここを右に入ります。あと少しで見えてきますよ」
右前方を指差したケティカにウィンは、へぇ、と気のない返事をしつつ、ルジェナ城からのだいたいの距離を考えていた。ケティカの父親が御者をしている馬車は、ケティカの言った通りに右の脇道へと入っていく。
進行方向を向いているのはケティカの方だ。どっちが客なのだか分からないが、酔うから前を向いて乗らせて欲しいと頼まれたのだ。右も左も木々で埋め尽くされていて、とても静かな場所だ。右側には多分ディーヴァ山脈に繋がるのだろう山が見えてきた。
この方角からなら森の中を移動すれば、大きな通りに出ることなくルジェナ城へとたどり着ける。獣道を利用する手もあり、あらかじめ少しでも道を付けておくという手もあるだろう。あとはルジェナ城の城壁の中を一度見てこなくてはならないとウィンは思った。
ケティカが窓から顔を出しかけて、膝に乗せていた契約書が落ちた。ウィンはそれを拾い、じっくりと眺める。
「汚いな」
「何がですか? あ、返してくださいよぉ」
伸びてきた手に、ウィンは契約書を渡した。ケティカは紙を抱きしめて、ホッと息をついている。
「その字だ、字。もしかしてレイクスの字か」
「そうですよ。汚いなんてこと、……、綺麗ではないですけど」
ブツブツと付け足した言葉に、思わずノドの奥で笑う。
「惚れてんのか」
「ええっ? そんなんじゃないですっ、尊敬って言うか、憧れって言うか、そんなんですよっ。皇太子様なのにとっても気さくだし言葉も丁寧だし、真剣になってるのってカッコよかったし、笑ったら可愛いし」
早口でまくし立てたケティカの言葉に手のひらを向け、ウィンは、分かった分かったと止める。思わずため息が出た。
「あいつ、ガキだからなぁ」
「そんなこと無いですよ!」
ケティカは、キュッと眉を寄せた不機嫌な顔をする。
「お前がもっとガキだから、少しマシに見えるだけだろ」
「ええー? ウィンさん、ひどいですっ」
ケティカが頬を膨らませたのを見て、ちょっとは静かになるだろうとウィンは思った。
「あ、見えました! ウィンさん、ほら、あそこです!!」
ケティカは腕を伸ばし、馬車の右前方を指差す。ウィンは振り返って、ケティカの指差した方向を見た。チラチラと見える尖った屋根が近づいてきて、少しずつ城が全容を現してくる。
「大きなお城ですよね! それにとっても可愛いし。こんなお城をレイクス様からいただけるなんて、ウィンさん凄いです!」
どうもケティカがやかましいのは変わらないらしい。ウィンは小さく息を吐いただけで、ケティカの言葉をやり過ごした。
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