レイシャルメモリー後刻
第11話 煮ても焼いても鴨の雛 7
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城門で馬車を降りることはしなかった。御者であるケティカの父親が門番に話しを通しただけで、馬車のまま城門を通って進んでいく。
進行方向に背を向けて座っていたウィンは、振り返るように馬車の前方を見て、城壁の内側に目を見張った。城壁の中だというのに森のように木々が乱立している部分もあり、川のあるのどかな風景が広がっていたのだ。
「これは……」
馬車は、両脇に木が植えられた並木道を通り、石橋を渡った。そこで双塔の城門がある内城壁と思われる壁が、さらに遠くに見えてくる。
「はぁ? どうなってんだ、こりゃ……」
つぶやいた声が聞こえたのだろう、ケティカは声を潜めて笑いだした。
「とーっても広いですよね」
「とーっても、どころじゃないだろう」
橋が一つしかない川を越えた先に攻め込むのは、容易ではない。兵もたくさん必要になる。城に置いてきたあの金額でさえ、兵を雇うには足りないと思われた。
外堀に跳ね橋がおり、馬車はその上を通って中へと入っていく。その風景に、今度は声も出なかった。
「綺麗な湖ですよね」
ケティカがうっとりと湖面を眺めている。その真ん中の島には城壁の外側と数本の尖塔が見えた。馬車は橋の手前を左に折れ、その先にある建物へと向かっている。そこに馬車が数台置かれているのが見えた。
「この先は歩いて渡りますからね」
ケティカが指差した先は、橋が入り組んでいてまるで迷路のようだ。
馬車を降り、クルクルとまわりを眺めながら歩くケティカの後ろに続いた。御者の父親は付いていく気がないらしく、馬車の手入れをしている。日差しは暖かで、湖面を渡る風が心地いい。この気候にすらなだめられているようで、ウィンはムッとした顔で歩いていた。
小さな跳ね橋を渡り、湖に面した壁の内側へ行くと、もう一つの内壁が見えた。
「これが最後の城壁ですよ」
ケティカはまわりに咲いている花の間を、スカートを揺らしながらフワフワと進む。これが最後の城壁ということは、四重の壁に守られているということだ。しかも、川があり、城のまわりは湖ときた。どうやって攻め込んでいいやら、想像もつかない。
最後の城門を通ると、ようやくルジェナ城が姿を現した。マクラーン城を思い出させるその外観は、白っぽい石でできているためか非常に大きく見える。しかも、手入れされた庭が広がっていて、敷地も尋常でなく広い。
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