レイシャルメモリー後刻
第9話 気力能力適材適所 5


「待って!」
 声を無視して走り出す。ノルドの靴音が後から付いてきた。
「お前の兄貴は何を考えているんだ」
「何って?」
 振り返りもせずに聞く俺に、ノルドは返事をしてくる。
「リディアのことだ。何か言ってなかったか?」
「助けてやるって」
「助ける? 何から」
「レイクス様から」
 ノルドの言葉に思わず吹き出した。早さを少しだけ緩めると、ノルドが横に並ぶ。
「なんでそんなことを」
「すげぇ怖かったから、きっと嫌だと思ってるって兄ちゃんに言ったんだ。そしたら権力を振りかざしてモノにしたんだろう。かわいそうだから助けてやらなきゃって」
 しゃべっているせいか、ノルドは息を切らして足を止めそうになる。
「先に行くぞ」
「待ってよっ、引き留めろって兄ちゃんに言われ、あ」
「冗談じゃない」
 話を聞いてしまったらノルドにもう用はない。俺は足を速めた。オルニにことを起こさせる前に止めなくてはならない。
 見えてきた倉庫は、一見何も変わりがないように見えた。だが近づくにつれ、少しだけ開いている扉の内側に人影が見えてくる。その扉に手が届くか届かないかのところで、扉が閉められた。すぐに取っ手を引っつかんで力の限り開け放つ。
 木製の扉が軋んだことに驚いたのか、人影が飛び退いた。
「うんわ……」
 驚いている割には、冷静に驚く声が聞こえる。
「お前は。オルニか」
 倉庫に一歩踏み込むと、こっちを見ていた人影が肩をすくめた。
「確かに、これじゃあな」
 オルニだ。思わずまわりを見回すがリディアはいない。
「リディアをどこへやった」
「やった? いえ、俺は何もしていませんよ? 彼女が彼女の意志で動いているだけで」
 思わずオルニの表情をうかがう。オルニはいくらか引きつった顔で、かすかに笑みを浮かべていた。
「どういうことだ」
「だーかーらー。分からないですか? 彼女、あなたから逃げているんですよ」
 思いもよらない言葉に、返事が出なかった。オルニは俺と正面から向き合う。
「彼女の意志を無視して引きずっていったり、横暴な態度がよくないんじゃないですか? 今だって、ほら、そんなだ。普通じゃないでしょう」
 一刻も早く見つけ出さなくては危ないと思っている時に、普通とか異常とかは関係ない。

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