レイシャルメモリー 3-02


 実際、知られて困るようなことは何もなかった。リディアとは、一ヶ月前の出陣の時に、想いを打ち明けあっただけだ。しかもリディアはその時のまま、聖歌のソリストを続けている。立場的にはシスター見習いと同じなのだ。結婚は許されていない。何かあったら、それこそ問題になる。
「ねぇ、いつリディアを連れて行くの?」
 スティアの問いに、まだそんな状況じゃないと思いつつ、フォースはスティアを見下ろした。スティアは好奇心いっぱいの目でフォースを見上げている。
「まだずっと先の話だ」
 フォースはぶっきらぼうに言うと、自分まで問いつめるつもりだろうかと眉を寄せた。お構いなしにスティアは話し続ける。
「さらってっちゃえばいいのに。駆け落ちするとか」
 何を聞かれても冷静に威圧的に答えるつもりだったはずが、フォースは思わず動揺した。喉に詰まった言葉を、やっとの思いで吐き出す。
「む、無理だ、そんなことできるかよ」
「なぁんだ、フォースもそうなのね。つまんない」
 そう言うとスティアは肩をすくめた。実際、つまらないなどという問題ではない。お互いが想いを寄せていることは、双方の親にまですっかりバレている。しかも、フォースの父ルーフィスは首位の騎士、つまりは騎士長であり、リディアの父親シェダは神官長なのだ。何か一つでも段取りを省略したら、もめ事が起こるどころの話しではない。
「たまには強く出ないと。女って優しいだけの人には飽きがくるモノよ」
「それ、駆け落ちしないことと何か関係あるのか?」
 サッサと返したフォースの言葉に、スティアは首をひねって考え込んだ。
「関係ない、こともないと思うんだけど……」
 うつむいたスティアの表情は、フォースにはまるきり見えない。このまま黙っていれば話しをしなくていいだろうという気安さはあった。だがスティアの言葉から、公にしたくない恋人を隠しているのだろうことは想像できる。
「へぇ、駆け落ちしたいんだ」
 フォースがつぶやくように言うと、スティアはフォースを見上げ、ケラケラと笑って見せた。
「なに面白いこと言ってるのよ。そんなこと、できる訳ないじゃない」
 スティアの言葉は、その存在を肯定しているように思え、フォースは思わず苦笑を浮かべる。
「誰に強く出て欲しいんだ?」
 その言葉にスティアはハッとして目を丸くし、何か言いかけて唇をギュッと結んだ。フォースは、なぜ隠さねばならないのかと不愉快に思い、眉を寄せたスティアをジッと見据える。
「言えないような人なのか? だったら陛下に進言した方がいいかもな」

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