レイシャルメモリー 3-04
言いよどんでスティアはうつむいた。フォースは話すつもりになっているスティアの機嫌を損ねないよう、言葉を和らげる。
「陛下は身分で人を判断するようなことはなさらないよ。仕事や地位なんかは気にしなくてもいいんじゃないのか?」
スティアはフォースと一瞬だけ視線を合わせると、手すりに身体を向け、日が落ちてほとんど何も見えない中庭に目を移した。
「分かってるわ。でも、彼が誰にも言うなって」
「言うな? それで誰にも言ってないのか?」
「リディアには、彼の話しをしたの。エスコートもフォースを貸してって頼んで……」
スティアの声が、質問のたびに弱々しくなってくる。フォースはスティアに並んで顔をのぞき込んだ。
「俺を身代わりに立てておいて、そいつは表に出ないつもりか。でも、スティアはそれじゃ嫌なんだろ?」
スティアは言葉もなくうなずいた。フォースと視線を合わせることもせず、うつむいたままだ。フォースは皇帝に全幅の信頼を置いている。そのためかフォースには、スティアの恋人は怖じ気づいているのではなく、何かよくない事情があるように思えてならなかった。
「なぁ、そいつと会わせてくれないか? その分じゃ他人の方がまだ紹介しやすいだろ」
その言葉にビクッと肩を揺らすと、スティアは小さくため息をつく。
「……そうね。相談させて」
背中に兵士のどうぞという声が聞こえ、フォースとスティアはそちらに目をやった。皇太子サーディがバルコニーに出てくる。少し明かりの押さえられたバルコニーに出ると、サーディのブラウンの髪に濃さが増した。サーディはメナウル人に最も多い茶色の髪と瞳をしている。兄妹だけに、スティアとまったく同じ色だ。
サーディは手を挙げて簡単な挨拶をした。敬礼で返したフォースに並ぶと、バルコニーの外側を指さす。
「木、無いからな」
「分かってるって」
フォースの即答を聞いてサーディは苦笑し、訝しげな顔をスティアに向ける。
「こんなとこで、何してたんだ?」
「な、何って、リディアの取扱説明詳細とかいろいろと……」
うろたえて言ったスティアの返答に、フォースはブッと吹き出した。サーディはのどの奥で笑い声を立てる。
「嘘はいけないよ。お前、もしかしてフォースを口説いてたんじゃ?」
「ちょっとっ! どうして私がそんなコトっ」
スティアはサーディがさも心配そうに言った言葉に抗議するように、頬を膨らませて身体を寄せた。サーディはスティアの勢いに驚いて、待て待てと両手のひらを向ける。
「最近ため息が多いし、誰か好きな奴でもできたのかと思ってね」
スティアは目を丸くしてサーディを見つめた。フォースは苦笑しながらサーディの背をトンと叩く。