レイシャルメモリー 4-03
「どうして嫌じゃないんだよ」
その言葉にキャアと短い悲鳴を上げ、リディアは慌ててかがみ込んでティオの口を押さえた。
「そんなこと言っちゃ嫌っ」
呆気にとられて見ていたフォースは、ティオの言葉がリディアの気持ちを指したモノだと気付いて苦笑した。人の気持ちが見えても口にしてはいけないと、ティオに最初に教えたのはフォースだ。だが、よくないことだと分かっていても、リディアの気持ちを知ることは単純に嬉しかった。
リディアはティオと向き合って、キチンとごめんなさいを言わせてから、後味が悪そうにフォースを見上げた。
「呆れた?」
「どうして?」
フォースが返した問いにうろたえたように、リディアは視線を外してうつむく。
「私、一応まだソリスト見習いだから……」
ソリストはシスターと同じで結婚はできない。当然見習いでもそれは固く守られる。フォースは寂しさを隠して分かったとうなずき、リディアに手を差し出した。リディアがその手を取ると、フォースは仲間を助け起こす時のように力を込めて引き上げた。リディアは思ったよりずっと軽く、余った力で身体を引き寄せる格好になる。フォースはリディアの身体を支えて、慌てて離れた。
「わざとじゃ、……ゴメン」
ばつが悪そうに謝ったフォースに、リディアはほんの少しだけ苦笑して、うつむき加減な首を横に振った。
バンと勢いよく神殿警備室のドアが開いた。中から、背が低めで恰幅のいい男が姿を現す。騎士の人事考課責任者であるクエイドだ。地位に差はないが、フォースは条件反射のように敬礼を向けた。
「だけど、最初にそんな話は」
部屋の中から、文句を言っているような声が聞こえ、クエイドは返礼しようとした手を止めて振り返る。
「黙れ!」
クエイドは部屋の中に大声で叫ぶと、力を込めてドアを閉めた。中から聞こえたのは神殿警備についている、最近中位になったばかりの騎士、ゼインの声だ。ゼインに向けた不機嫌そうな茶色の瞳を、クエイドはそのままフォースに投げた。
「スティア様のエスコートはどうした?」
「終了しました。今はサーディ様とご一緒であらせられます」
フォースの報告に、クエイドはフッと呆れたように眉を上げる。
「十六になっても、ワガママは直っていらっしゃらないようだな」