レイシャルメモリー 4-08
ほとんど元通りに、夜の中庭の空気が戻ってきた。ティオの腕がゆっくりと降ろされ、その手のひらに気を失ったリディアが横たわっている。フォースは剣を拾ってからみついている草を切り、ティオの方へ駆けだした。
ティオは膝をズシッと地面につけ、膝の前にリディアを乗せた手を置いた。焦点の合わない目を虚空に向けて、身体をユラユラと揺らしている。フォースはリディアの服がほとんど残っていないことに驚いたが、ティオの身体が前に傾きつつあることに気付き、慌ててリディアを抱いてティオの陰から逃れた。ティオはそのまま前に倒れ、ドドッと大きな音を立ててひっくり返る。フォースはその重たそうな音で、下敷きになっていたらと思い、背中に冷たいものを感じた。
フォースはリディアをいったん柔らかな草の上に寝かせた。マントを外して裸同然のリディアをそっと包み込み、抱き上げる。何が起こったのか分からないが、とにかく手当が必要だと思った。
「フォース!」
中庭の入り口をくぐり、背中までまっすぐに伸びている銀の長髪をなびかせ、神官のグレイが走り寄ってくる。フォースはリディアを抱いたまま、グレイの方へと急いだ。
「大丈夫か?」
グレイは真っ白な肌を少し上気させ、ほんの少し赤みがかったシルバーの瞳を一瞬だけフォースに向けると、荒い息をしながら両手を膝に付いた。フォースは眉を寄せて心配げにリディアの顔をのぞき込む。
「分からない」
グレイはフォースよりほんの少し大きく細い身体を起こしながら、パタパタと右手を振る。
「違う、フォース、お前の方」
フォースは訝しげにグレイを見た。グレイと正面から視線が合う。グレイが心配しているのはフォースなのだ。フォースは、この状況を見れば誰もがリディアの方を心配すると思った。だが、グレイはなぜか違っている。
「俺か? 俺はこの通り……」
「降臨の光の中にいて、シャイア神が降りた巫女以外の人間が無事でいたなんて、前例にないんだ」
フォースは虚をつかれたように茫然とした。グレイはフォースの首に残っている枝に、手を伸ばしかける。
「なんて言った?」
グレイの行動を遮ったフォースの真剣な様子に、グレイはフォースと視線を合わせた。
「なんてって、前例にない?」
「いや、その前」
「ええと、降臨……、あ、そうか」
グレイは忘れていたとばかりに、ポンと手を叩く。
「そう。これは降臨だよ。リディアに女神が降りたんだ」
「降臨? ……あれが?」
フォースは、訳の分からない怒りを押し込むように口を閉ざし、リディアを見下ろしたままその表情をこわばらせた。