レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部1章 降臨の障壁
5.女神の声 01
「降臨が成されている間、基本的に巫女は女神の部屋に滞在し、女神は部屋から力を使われ、自然現象によって軍部の後押しをしてくださいます。ですから護衛はほとんどの場合神殿内で行われ、女神の性質上、妻帯者が就くのが良策とされてきました」
茶色の髪と瞳を持った神官長シェダの、幾分ゆっくりした話し声が城内の執務室に流れる。壁に貼られたアイボリーで木目調の布地と、マホガニー製で統一された家具が、部屋を落ち着いた雰囲気に見せている。シェダの穏やかな表情とゆっくりとした動きが、その落ち着いた空気に輪をかけていた。
シェダが自分の左から、赤黒色の円形テーブルに着いている人たちを見回した。まだ四十四歳と若いが堂々と威厳を持った皇帝ディエント、降臨があったからだろう、妙に楽しげなクエイド、チラチラとフォースを気にしているサーディ、そしてたえずうつむき加減で視線が合わないフォースが、順にシェダの目に映る。
「今回女神の護衛はフォース君にお願いしたいのです」
シェダの言葉を聞き、フォースはうつむいたまま息をのんだ。ディエントは濃茶の瞳をチラッとだけフォースに向ける。フォースの首には枝に絞められたアザがくっきりと付いたままだ。ディエントはゆっくりうなずくとシェダに視線を戻した。
「フォースは妻帯者では。ああ、降臨を受けたのは君のお嬢さんだったな」
はい、と、シェダは軽く頭を下げる。そのすぐれない顔色に、ディエントは眉を寄せた。
「まだ、眠っているままか?」
「ええ。早くて三、たいていの場合四日は」
シェダの返事が、そこでとぎれた。フォースの頭の中を、目の前で起きた降臨がよぎっていく。その時何が起こっているのか分からなかったが、リディアを守れなかったという事実が、フォースの神経を責めつけていた。少しの沈黙のあと、クエイドはフッと頬を緩ませる。
「なんにしても、降臨があったというのは喜ばしいことです。これでシャイア様直々の力で、土地を取り戻してくださるでしょう」
クエイドの朗々とした声が城の執務室に響く。あと数年で六十に届こうという年の割には艶があり、耳障りな声だとフォースは思った。気付かれないようにテーブルに視線を落としたまま、フォースはマホガニーの木目に向かって顔をしかめる。シェダは小さく息を吐くと気を取り直すかのように背筋を伸ばした。
「降臨を受けると、やはり生活が変わってしまいますので、護衛もなるべく馴染みのある人間に就いてもらいたいのです」
シェダの真剣な眼差しに、ディエントは小さくうなずいた。だが、表情は変わらず険しいままだ。
「しかし、フォースは二位だ。支障は出ないか?」
ディエントの目がクエイドに向く。クエイドは軽く首を横に振った。