レイシャルメモリー 5-04


「女神の護衛が似合いだというのは笑えるな。反対されなくて幸運だった」
 歩きながらシェダは、喉の奥で笑い声を立てる。女神に対する自分の気持ちを追求されるのを避けるため、フォースは軽くうなずいた。シェダは相変わらず笑っている。
「ま、これで駆け落ちしなくてもよくなったって訳だ」
「は? 駆け落ち、ですか?」
 眉を寄せたフォースを、シェダは指さした。フォースは思わずその指先を見つめる。
「って、わ、私ですか? どうしてそんな」
 フォースは驚きに目を見張った。シェダはフォースの顔をチラッと見やる。
「中庭でのこと、グレイ君に聞いたよ。二階のバルコニーになっているところから見ていたんだそうだ。リディアと駆け落ちの相談をしていたと言っていたぞ?」
「み、見てた、ですか? ……でも、駆け落ちの相談なんて、していませんが」
 フォースは驚きを隠し、顔をしかめて考え込んだ。どうりでグレイが降臨のあと間を開けず、サッサと駆けつけてきたわけだと思う。フォースが顔を上げると、幾分ムスッとしているシェダと目があった。
「なんです?」
「見られて困るようなことをしていたのか?」
「してません」
 勢いで言い返したフォースの顔を、シェダがジーッとのぞき込む。キスをしていたことまで何もかも全部聞いたのだろうかと内心ビクビクしながら、フォースはシェダに胡散臭げな表情を向けた。
「してませんってば」
「そうかね? まぁ、それはそれでいいが。一緒に行こうと誘っていたのではなかったのかね?」
 疑わしげな顔のシェダに、フォースは苦笑した。そういうことなら確かに話した覚えがある。ごまかしが効くとも思えない。
「ええ、それは話しました。もしいい返事をいただいたら、とりあえずその足でうかがおうと思っていたのですが。目と鼻の先ですし」
 シェダはブッと吹き出して豪快に笑い出した。フォースは、シェダが笑っているからといって、機嫌を損ねずにいられたかは分からなかったが、この話題からは離れられると思いホッとした。フォースは隣で笑っているシェダに気付かれないように、今日何度ついたか分からないため息を、緊張感と一緒に吐き出した。と同時に、息を潜めていた他の不安が、次々と胸にわき上がってくる。
 女神が降臨すると、なにがどんな風に変わるのだろうか。フォースは、せめてリディアがリディアらしいままで、いてくれたらと思った。リディアを守ることが女神の護衛にもなるのなら、女神への不信感も、どうにか自分の中だけに納めておけそうな気がするのだ。それにティオだ。降臨があったあと、一度目を離してからどこにいるのかが、まったく分からない。見つけて話を聞きたいとは思うが、生きているかどうかすら確かめようがないのだ。心配だが、ただ出てくるのを待つ以外に方法はない。

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