レイシャルメモリー 5-05
神殿に続く廊下を渡り、女神の部屋へと続く階段を上る。シェダは、考え込んでうつむき加減なフォースに目をやった。鎧のネックガードの陰に、枝に絞められた跡がチラチラと見える。
「怪我は大丈夫なのかね?」
シェダの問いに、フォースは苦笑を浮かべた。
「怪我というほどのモノでは」
「だといいのだが。薬が普通に働いてくれない身体なのだから、なるべく気を付けてくれないと」
はい、という、幾分上の空の返事を聞いて、シェダはため息をついた。フォースは紺色の瞳を持つ母親エレンの血を引くせいか、薬が薬の役割を持たない。ただの傷薬がとんでもない吐き気をもよおす作用を持っていたり、毒が水と同じだったりするのだ。エレン自身は薬を理解していたらしいが、ほとんどなにも伝えないうちに亡くなってしまっている。怪我をしたら強い酒で傷口を洗うくらいしか分からない。騎士に怪我はつきものだ。それでも騎士になったフォースが、シェダにはどうしても危なっかしく映った。
女神の部屋の前には、現在の神殿警備責任者であるゼインと、他に兵士が一人立っていた。ゼインもその兵士も、メナウルでは一般的な茶色の髪と瞳をしている。フォースは敬礼を向けてくる二人に返礼を返した。
「シェダ様とフォースさんです」
兵士が部屋の中に声をかけ、ドアを開ける。見知らぬ兵士が迷いもなくフォースの名を呼ぶのは、二位の印に付けている赤いマントと、やはり特異な濃紺の瞳のせいもあるのだろう。
フォースは兵士に自分の隊を集めてくれるよう言い渡し、シェダと部屋に入った。そこは女神を守る騎士が寝泊まりをする部屋になっている。荷物を置くための簡単な棚と、ベッドが一台あるだけの殺風景な部屋だ。その奥、扉が付いていない女神の部屋から、グレイが姿を見せた。
「まだ眠っていらっしゃいます」
グレイの報告に、シェダは眉根を寄せてうなずいた。
「昨日の今日だ」
難しそうな表情から出てきた言葉に、フォースは城の執務室で聞いた三、四日と言う期間を思い出した。リディアが眠りから覚めるのは早くても明後日以降ということになる。シェダはリディアを寝かせてある女神の部屋へと入っていった。グレイに手招きされて、フォースも後を追う。
部屋をのぞくと、シェダに挨拶をしていたのだろう、ちょうど顔を上げたシスター服の女性と目が合った。二十代中頃だろうか、フォースを見て頬を緩ませる。
「ナシュアといいます。女神付きを仰せつかりました。よろしくお願い致します」
そう言うと、きれいにたたまれたシーツを持ったまま、深々と頭を下げる。
「フォースです。こちらこそよろしくお願いします」