レイシャルメモリー 1-02
「承知いたしました」
デリックの返事を上の空で聞きながら、リオーネはニーニアと共に捨て置かれるような状況を呪った。クロフォードの心中、レイクスが占める割合の大きさを、ひどく不快に思う。しかも情報がリオーネを素通りすることに、なおのこと不安が膨らんだ。
クロフォードが馬車を振り返ると、アルトスは馬車の扉をスッと開けた。中にこもっていた暖かな空気を突っ切るように、クロフォードは馬車に乗り込む。アルトスはニーニアの乗車に手を貸した。クロフォードはアルトスから受け取るようにニーニアを抱き上げ、自らの横に座らせる。リオーネは差し出されたアルトスの手を一瞬躊躇してから取り、切なげな視線を向けてから馬車に乗り込んだ。
アルトスは中に最敬礼を向けて扉を閉めた。振り返ってデリックとマクヴァルにも敬礼を向ける。簡単な返礼を見てから、アルトスは無言のまま馬に戻った。
デリックとマクヴァルが車上のクロフォードに向かい深々と頭を下げた。それを合図に馬車三台の行列がゆっくりと前進を始める。荷物を満載した後ろ二台と騎馬隊が通り過ぎ、列を正していた兵が馬車の後に続き移動していく。金髪の騎士も馬車を追うように城門まで歩を進めた。
馬車が城壁の外に姿を消すと、見送りの人々はそれぞれ様々な方向に散っていく。それを見て、デリックはチラッと視線をマクヴァルに向けた。
「リオーネ様も大変でいらっしゃいますな。今さらレイクス殿が生きているなどと」
「シアネルの巫女の子ですな」
マクヴァルは、フッと口の端で冷笑した。デリックは一瞬冷めた視線を向け、ごまかすように大きくうなずく。
「ほんの一週間、生まれが遅いだけで、王位継承権をレイクス殿に取られてしまうなど、レクタード殿の心中も穏やかではありますまい」
デリックはククッとのどの奥で笑い声を立てた。マクヴァルは漆黒の瞳をデリックに向ける。
「だが、まだ生きていると分かっただけ。ライザナルにお連れすることが、できますかどうか」
「しかし、前線側の城に行かれるのは時期尚早だとの説得にも、耳を貸さぬほどひどくご執着の様子、何を置いてもレイクス殿のことを優先されるでしょうな」
デリックの言葉に、マクヴァルは微苦笑を浮かべた。
「デリック殿は、レイクス殿が見つかったことを、喜んでおいでなのですね」
「喜ぶ? そうかもしれませんな。事の顛末を楽しませていただこうと思っていますからな」
破顔したデリックに、マクヴァルは控えめな笑顔で答えた。
一人の兵士が、デリックに敬礼を向けた。その後ろを城門を閉めた金髪の騎士が、一人の老人と共に通り過ぎる。白く長い髪と髭だけがマクヴァルの目に映った。兵士に何事か耳打ちされたデリックが、ホウと兵士に満足げな顔を向けマクヴァルを振り返る。
「では、私はこれで。仕事ができましたゆえ」
デリックは簡単にお辞儀をすると、その兵と一緒に騎士の後を追った。
「分かりやすい方だ」
マクヴァルは、城に入っていくデリックを見送り、あざけるように目を細めた。