レイシャルメモリー 2-02


 女神の思念を理解できることは、フォースには迷惑なだけかもしれないが、リディアにとってはありがたかった。説明の必要がないので、細かい指示にわずらわされなくて済むからだ。女神が指示した場所には、フォースが連れて行ってくれる。その場所で女神の言うとおりにだけしていればいい。リディアはそう思っていた。
 前方の木漏れ日が増してくる。フォースが最後の枝を手で払い、周りをうかがいながら一歩踏み出すと、そこには森の中では感じられなかった早朝の鋭い光が満ちていた。崖のへりまで木がなく、一見草原のような空間が広がっている。まるで手入れしたような短い草が生えそろっているが、よく見ると草は荒い砂の間に根付いていた。崖の方へ少し進むと、右手にヴァレスの街が一望できる。リディアもその空間に足を踏み入れた。リディアは景色に引き寄せられるように、二、三歩フォースの前に出る。
「あれがヴァレスなのね」
 振り返って言ったリディアに、フォースはうなずいて見せ、崖の下前方に広がる防壁に囲まれた街に目をやった。ヴァレスでは、母を亡くしたすぐあと、五歳から八歳までの三年間を過ごしている。フォースの胸に、郷愁が広がった。
 少し離れた木々の中から、木や葉の音を微塵もさせることなく、子供の姿のティオが駆け出してきた。坂道から抜け出てきたブラッドの側へ行って一緒に空を見上げ、粒ほどの小さな鳥を指さす。
「あそこ! ファル! こっち!」
「でかい声だな」
 ブラッドがティオを見下ろして呆れたように肩をすくめる。ティオは口を尖らせた。
「だって、この近くには誰もいないよ。木がそう言ってる」
「木がねぇ」
 ブラッドが振り返ると、道にとどまっていたアジルが、ちょうど木々の間から出てきた。アジルはフォースのすぐ横に立って、深呼吸のように大きく息をつく。
「ココがまだメナウルの土地でよかったですね。もし見つかっても、大勢で押し寄せられる場所じゃないですし」
 そうだなと返事をして街から目を離し、フォースはリディアに視線を向けた。リディアは目を細めてヴァレスをジッと見ている。
 フォースの前に、ファルと呼ばれたハヤブサが舞い降りてきた。ティオがファルをのぞき込む。ただ見つめ合っているだけのようだが、ティオの表情には感情の変化が見える。

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