レイシャルメモリー 2-03
「このあたりには誰もいないって。ほら、言っただろ?」
ティオは得意そうな顔をブラッドに向けた。
「言っただろ、なんて言われても、ファルの言葉も木の言葉も分からないよ」
ブラッドの微苦笑に、ティオは不機嫌に口を歪めた。
「不便だね」
ティオは残念そうに肩をすくめた。ブラッドは真顔でティオと向き合う。
「でも、お互いが無関心でいられるから、なんにも気にしなくていいんだぞ?」
ブラッドの言葉に、ティオはケラケラと笑い出した。ブラッドが何が可笑しいのかとムッとした顔を向けると、ティオはおどけた表情になる。
「そういう付き合いばっかりしているから、恋人ができないんだよ」
「そういうのには感心がないワケじゃないの!」
ブラッドの反論に、今度はアジルが吹き出した。
あ、とリディアが小さく声を立てた。フォースと視線を合わせ、胸に手を当てる。
「分かるわ。シャイア様が、ここに」
リディアの指の間から、少しずつ虹のような光が溢れてくる。
フォースと兵士二人は互いに顔を見合わせてうなずき合うと、警戒のためにそれぞれ間を開けた位置に立った。ティオとファルが遠目に見守る中、リディアは膝をつき、胸の前で祈るように手を組む。
瞳を閉じたリディアの身体から、一気に光があふれ出して広がっていく。辺り一帯を包み込むように大きく広がると、その光は細い筋となって空に突き上がった。同時にヴァレス上空に異変が表れ、雲が低い位置に生み出されていく。その下で雷光や風雨が乱舞を始めた。一瞬の間を空けて、雷鳴も聞こえてくる。
少しずつだが、ライザナルの兵士達が後退しているらしい。この場所からだと、雷の位置が少しずつズレていくのが見えた。
実際それは、ヴァレスに巣くっていたライザナルの兵士を、じわじわと追いやっていた。雷光がライザナルの兵の足もとを叩き、風雨が後押しをする。土地を潤すその自然現象が、シャイア神の持つ最大の力なのだ。
やがて、防壁の外に追い出されたライザナルの兵だろう、大地に描かれた小さな模様が撤退を始めた。それまでの間、リディアは微塵も動かずに、シャイア神に対する祈りの姿勢を続けていた。
だんだんリディアから溢れる光が落ち着き、低く垂れ込めていた雲が四方に散っていく。既に高くなった陽が、雨に濡れたヴァレスを照らした。屋根がキラキラと陽光に輝いている。
リディアが胸の前で合わせていた手を下ろし、その場にペタンと座り込んだ。フォースはリディアに駆け寄った。
「大丈夫か?」