レイシャルメモリー 2-04
声をかけたフォースに、リディアはうつろな視線を向けた。その瞳が普段よりもずっと緑色がかって見え、フォースはひざまずいてリディアの瞳を確かめるようにのぞき込んだ。リディアの手がフォースの頬に伸びる。
……戦士よ……
驚愕にフォースは凍り付いた。声ではない、いつも感じる女神の思念だ。息を継ぐのも忘れて見入ったリディアの瞳に、少しずつ見慣れた愛しい色が戻ってくる。フォースの頬に触れていた手を、リディアはハッとしたように引っ込めた。
「フォース?」
心配げなリディアの声で、フォースは我に返った。リディアは頬に触れていた手を抱くように胸を押さえている。
「大丈夫か?」
フォースは、リディアにかけたつもりだった言葉を、もう一度繰り返した。いくらか疲れてはいるようだが、リディアはいつも通りの微笑みを浮かべてうなずく。フォースはなんとか笑みを返し、立ち上がってリディアの手を取りそっと引いた。リディアは服の砂を払って、日差しを反射して輝きを放つヴァレスに視線を向ける。
「キレイ。雨が降ったのね」
その言葉でフォースは、雷鳴もリディアには届いていなかったことを悟った。やはり、フォースを戦士と呼び、手を伸ばして頬に触れたのは、間違いなくシャイア神だったのだ。
「どうしたの?」
リディアの心配げな顔がフォースの視界に入ってくる。フォースは思わず女神がそうしたようにリディアの頬に触れた。リディアの口元に、はにかんだ笑みが浮かぶ。今のリディアに女神の影が見えないことに、フォースは安堵した。
「無事で、よかった」
フォースが長く吐き出した息に、リディアはくすぐったいような幸せを感じた。
「ヴァレスに行こう」
フォースのその声で、アジルとブラッドがフォースに半端な敬礼を向けて元来た坂道へと足を踏み入れた。ファルが翼を広げて大空へと舞い上がっていく。歩き出したフォースとリディアに手を振って、ティオが草木の茂った中に音を立てずに駆け込んでいった。
フォースは、坂道をリディアと降りている間も、緑の瞳でフォースを戦士と呼んだ女神に対する畏怖を、振り払うことができなかった。