レイシャルメモリー 3-02


 口をへの字にしたゼインの横で、見知らぬ兵士が笑みを漏らした。フォースは胡散臭い思いで視線を向ける。
「君は」
「あ、失礼しました。噂通りの方だと思いましたら嬉しくて」
 二十代後半かと思われるその兵士は、フォースにヒョコッと頭を下げる。
「人を斬らないってか? 買い被りすぎだ。騎士を逃がすまでに何人の兵を斬ってるか分からないってのに」
 吐き捨てるように言った言葉にも笑顔を崩さない兵士に、フォースは顔をしかめた。
 ゼインとその兵士の敬礼に見送られて、防壁の内側へと馬を進めた。街は、フォースが城都へ向かった時とほとんど変わりなく、石造りの家々が立ち並んでいる。途中、幾人かの知り合いとの挨拶に気が休まるのを感じながら、フォースは神殿へ向かった。
 神殿の前に着き、フォースが馬を下りたところで、裏手から手を振りながら大柄な騎士が姿を現した。城都で周辺警備をしていたはずのバックスだ。フォースとは前線に出た時期が同じで、騎士になった時から付き合いが続いている。バックスも配置替えかと思いながらフォースがリディアを馬から降ろすと、バックスはちょうど側までやってきてリディアと向き合った。
「リディアさん、疲れてないかい?」
「平気です」
 リディアはバックスに控えめな微笑みを向けた。照れたように頭を掻いたバックスの鎧を、フォースはノックをするように叩く。
「まさか、バックスが警備補助?」
「当たり。まぁ、神殿の中にいる時は安心してくつろぎな。リディアさん、よろしくね」
 バックスはリディアに敬礼すると、満面の笑みを浮かべて見せた。よろしくねとキチッとした敬礼が妙にズレていて、リディアは声を潜めて笑っている。フォースは腕組みをして苦笑した。
「大丈夫かな」
「あぁ? なんだと? 大丈夫かだってぇ?」
 バックスが捕まえようとする手を、フォースは一歩下がってギリギリで避ける。
「いや、グラントさんがだってば。ゼインはこっちの神殿周辺警備だって言うし、一人で城都全部ってことはないだろうけど」
「五人だよ」
 バックスが言った意外な人数を確かめるように、フォースはバックスに視線を合わせた。バックスは柔らかい笑みをこぼす。
「イアン、ラルヴァスが神殿警備、ノルトナ、シェラトが周辺警備。復帰直後だからとりあえず二人ずつであたるってさ。ま、城都だし、ドリアードにちょっと歳くらわされたくらいだから、もう大丈夫だろうよ」
 名前が挙がった四人は、ドリアードによって妖精の世界に取り込まれ、現世に戻ってきた騎士達だ。その事件に関わったフォースは、リディアと笑みを交わし、よかったとホッと息を吐き出した。

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