レイシャルメモリー 3-03


「クエイド殿の騎士起用も、結構いいセンスしてるって思う時があるよ」
 そう言いながらバックスは、フォースの隊が裏手にある小屋に馬を連れて行ったり、中と連絡を取ったりと、仕事を進めているのを横目で見ている。
「思う時が?」
 そう言葉を返して、フォースは喉の奥でククッと笑った。ティオが馬に乗ったまま、ブラッドについていくのが見える。
「そうそう、あん時の諜報員も連れてきたぞ。留置してあるから落ち着いたら頼むな」
 バックスが付け加えた言葉に、フォースはにこやかにありがとうと返事をした。
 その諜報員はウィンというライザナル人だ。女神が降臨したと思われる人物を葬れと命令され、ゼインの隊に潜り込んでいた。元々女神の降臨などなかったのだが、ウィンは降臨があったと勘違いをした。そしてドリアードが騎士を拘禁した事件に乗じて行動を起こし、失敗している。その時に諜報員だと見抜いたフォースが、ウィンの処遇を決めることになっていた。フォースはウィンをライザナルに返すつもりで機会をうかがっていたのだ。
 バックスは、兵士達を親指でぐるっと指さす。
「それにしてもフォースの隊、ちゃんと動くよな。隊長が遊んでるのに」
「何をするかくらいは、先に言ってある。ってか、俺、遊んでるのかよ」
 フォースは、バックスが笑い出したのを見て苦笑した。リディアはクスクスと笑いながら神殿に向き直って鐘塔を見上げる。鐘が日の光を反射して、キラキラと輝いて見えた。
「綺麗ね」
 リディアはフォースに微笑みかけ、それからもう一度鐘に目をやった。フォースも鐘塔を仰ぎ見る。
 フォースは昔からこの鐘の音が好きだった。フォースがヴァレスに移り住んだのは、騎士になる決意をした五歳の時だ。鐘は一日三回、朝、昼、夜に鳴らされる。フォースはその三回目の鐘を、家を抜け出す合図にしていた。兵士の宿舎や騎士の詰め所に行っては剣を習っていたのだ。習うと言っても小さな子供だったので、最初から相手にしてはもらえない。そこでフォースは、根気よく通ったり、わざわざ街のいざこざを探して顔を突っ込んだりして、自分を覚えてもらう努力をした。元々濃紺の特異な瞳を持っていたせいもあり、すぐに面白がられたり、かまってもらえるようにはなったが、大の大人相手にケンカをするため、生傷は絶えなかった。
 義父であるルーフィスが三十四歳で首位の騎士に就いた時、皇帝ディエントが八歳で剣を扱うフォースに目をつけた。それから騎士の知識をフォースに身に付けさせようと、教育が始められることになる。通常の学校や騎士学校に通うためにフォースが城都に移るまで、ヴァレスでの生活は三年間続いた。

3-04へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP