レイシャルメモリー 3-10


「もう分かったわよ。気付かない私が悪うございましたっ。だけどあんたも難儀だわね。リディアちゃんが湯浴みしてるのに背中向けて立ってなきゃならないなんて」
「なんだって?」
 面食らい、とまどっているフォースに楽しそうに笑みを向け、アリシアはリディアの肩を抱いて歩き出した。今度はフォースとマルフィが後から続く。
「驚いてるってことは、城都からココまで一度も入れてもらえなかったの? 気が利かないわね」
 ねぇ、とアリシアはリディアに同意を求める。リディアは微苦笑した。
「でも、シャイア様に先を急ぐようにと急かされてましたから、時間が無かったんです」
「そうなの? こういう護衛があるから、妻帯者ってことになってたのよね。イヤじゃない?」
 アリシアの言葉に、リディアは無言で頬を染めた。フォースは嘲笑を浮かべる。
「そんなことで妻帯者なのか? 意味ないだろ」
「男にとってはそうかもしれないけど、女の側からはそうはならないのよ」
 分かってないわねとつぶやきながら、アリシアはリディアをのぞき込んだ。
「リディアちゃん、フォースからは私が守ってあげるわね。振り返ったりしたら、頭から水かけてやるわ」
「それ俺、振り返った方がお得なんだけど」
 しれっと言ったフォースの言葉に、マルフィがおかしそうに笑い出した。
「母さん、笑い事じゃないわよ」
「仕事ならちゃんとするでしょ、フォースは。それに昔シェダ様が最後の一線さえ越えなければ大丈夫だって言って」
「母さん!」
 振り返ったアリシアが慌てて止めた。マルフィはフォースの顔色をうかがうように見上げ、フォースはマルフィに苦笑を返す。
「そんな心配しなくても。それ、直接シェダ様に聞いたし。面白がられているからな、俺」
「シェダ様って、どういう人よ」
 呆れ返った顔をしてから、アリシアは腕の中からリディアが見ていることに気付いた。
「あ、ゴメン。お父さんだっけ」
「はい、でも、そういう人なんです。フォースには迷惑ばっかりかけて……」
 リディアは眉を寄せて、視線を足元に落とす。
「でも、そういうことでシェダ様が俺をからかったり茶化したりするのは、それだけ信用してくれているからだと思ってるよ」
 背中からのフォースの言葉に、リディアはハッとしたように目を見開いた。
「だから裏切れないんだ。絶対に」
 フォースの自分自身に言い聞かせるように小声で付け足した言葉を聞いて、リディアは嬉しそうに目を細める。アリシアは、リディアの瞳にうっすらとたまった涙が輝くのを、やるせない気持ちで見ていた。

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