レイシャルメモリー 4-09


「開けたか?」
 表情を変えないルーフィスの言葉で、フォースは城都にある家の引き出しを思い出してうなずいた。ルーフィスはフッと空気で笑う。
「壊したな」
 鍵穴が異物でふさがっていたことを、ルーフィスは知っていたらしい。フォースは向けられた笑みがしゃくにさわり、ムッとしてルーフィスを冷視した。
「分かってたら鍵なんて渡すなよ。わずらわしい」
 フォースは鎧の内側に着けていた金の宝飾品を取り出した。鎧に付ける金具と、石のはまった細工の美しい球体が、五本の鎖でつながっている。壊した引き出しから持ってきた、フォースの母であるエレンが残した物だ。
「これなんだけど」
 フォースがそれを差し出すと、ルーフィスはチラッとだけ見て視線を前に戻し、微かに眉を寄せた。
「なんだか分かる?」
「いや」
 想像していた返事が返ってきて、フォースは肩をすくめ、その宝飾品を鎧の内側に付け直す。
「ほんっとに、母さんからなんにも聞かなかったんだな。疑問とか、少しも持たなかったわけ?」
 フォースは、ルーフィスの横顔を見上げた。自分なら、何がなんでも問いただしたいだろうと思う。今までどこにいて、どんなことがあって、どうしてここにいるのかと。
「エレンが話したい時にと、そう思っていたからな」
 ルーフィスの言葉が、フォースの耳に寂しげに届く。
 謎が謎のまま残ってしまったのは、ドナという村に住んでいた時、村の井戸に毒を入れられるという事件があったからだ。エレンもフォースもその水を口にした。たくさんの人が死んでいく中で、特異な瞳を持つ血のせいか、毒が毒として作用しなかったため、エレンとフォースは死に至らなかった。だが、逆にそのせいで村人に疑われ、エレンは斬られてしまったのだ。
 ルーフィスが、ふとフォースに視線を向ける。
「ああ、一つ」
 思いついたようにルーフィスが発した言葉に、フォースは父が母からなにか聞いていたのだろうかと、期待を持って視線を向けた。
「何?」
「引き出し、直しておけよ」
 ルーフィスに向けられた言葉に、フォースはため息をつきながら片手で顔を覆った。

第1部3章1-01へ


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