レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部3章 抱卵の真実
1. 漆黒の鏡 01
石造りの窓のない壁面に、いくつかの明かりが揺れている。明かりは少ないが、石壁が白っぽいため、狭い室内にかろうじて光が行き届いていた。その隅には椅子が二脚と、腰の高さほどの石台があり、石台の上には黒曜石で作られた鏡が立て掛けてある。よく磨かれた鏡面は、まわりの弱い明かりを不思議なほどクッキリと映し出していた。
重量のある石の扉がズズッと地面を擦りながら、ゆっくりと部屋の内側にずれ始める。ようやく一人通れるくらいに開いて、その扉は動きを止めた。
そこに、長い白髪と白いヒゲを蓄え、古びた長いローブ姿の老人が通された。マクラーン城を出発したクロフォードと入れ違いに、城にやってきた老人だ。その後から漆黒の髪に黒い神官服のマクヴァルが、続いて入ってくる。
「あまり居心地のいい場所ではないですが、こちらでしたら外に声が漏れることもありません」
穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、マクヴァルは左手のひらで石の扉に触れた。その重たげな扉は壁の空間を塞いでいき、もともと扉など無かったかのように石壁にピッタリと収まる。老人は一度だけ深くうなずいた。
「確かに、あなたはシェイド神の降臨を受けられている方のようだ」
「では、聞かせていただけますな?」
マクヴァルは、鏡の置かれた台の前にある木で作られた椅子を勧め、向かい合わせに自分が座るための椅子を移動させた。老人は椅子に座り、マクヴァルの視線と差し向かう。
「何をお知りになりたいと?」
老人のゆっくりとした口調に合わせるよう、マクヴァルは悠然と姿勢を正した。
「我がシェイド神の宗教は、暗唱のみにより伝えられております。守護者たる種族の事柄が、いつからか絶えてしまっておりますゆえ」
マクヴァルの低い声が、ドアのない部屋で微かに反響する。老人は黒く見える瞳を閉じ、ゆっくりとその口を開いた。
火に地の報謝落つ
風に地の命届かず
地の青き剣水に落つ
水に火の粉飛び
火に風の影落つ
老人は暗唱した詩をたどるように、歌の一節を言葉にし、マクヴァルに視線を向ける。
「これのことですかな」
「ええ、まさにそれです。その先を……」
マクヴァルの言葉を、老人は手のひらを向けて制すると、肩が上下するほどの大きな息をついた。
「守護者たる種族は、呼び名の通り、神々をお守りする立場にあります」
老人が話し始めたその内容に、マクヴァルは一瞬眉を寄せた。繕った表情に老人が視線を合わせる。
「一口にお守りすると言っても、いろいろな状況があるわけですが。この歌は私の種族では手の出しようのない事態を表しているのです」
「ほう、手の出しようのない、ですか」
驚いて見せたマクヴァルに、老人はうなずいた。