レイシャルメモリー 1-02


「守護者たる種族は、武器と呼ばれるモノを一切手にすることはありません。それはなぜだか、お分かりになりますか?」
 老人が口にした問いに、マクヴァルは疑惑を持って目を細めた。その目を、老人は険しい表情で見つめる。
「武器の代わりに神のお力を拝借するからです。その能力を私の種族は持っている。だが、そなたの中にいるシェイド神はお力を使えない状況にある。それは、あなたが影そのものだからだ。だからこそ、あなたにこの歌は伝わらなかった」
 老人の達観した表情と対照的に、マクヴァルに硬い冷ややかな笑みが浮かんだ。
「教えるつもりはないと?」
「この歌には確かに続きがある。しかし、影たるあなたにわざわざ神々が伝えるわけがないし、私が伝えることもできん」
 老人は、マクヴァルを見据えたままその場に立ち上がった。マクヴァルも、大きく息をついて立ち上がる。
「伝えられないとおっしゃるなら、それはそれで仕方がないことです」
 マクヴァルの手の中で、黒曜石でできた短剣が黒く鋭い光を発した。
 老人は短剣を目にしても、ただ黙然と立ちつくしていた。その胸元に切っ先が深く潜り込んでいく。
 いろいろな思いが老人の脳裏を駆け抜ける。まさか、長い年月歌われてきたあの歌が、自分の身に起こることだとは。ならば、種族の剣であるまだ見ぬ戦士も、この世界に存在しているのかもしれない。願わくば歌の通り、その意思でこの影を払拭してほしい。
「戦士よ……」
 瞳を閉じ、息のような微かな声の言葉を残して、老人の身体は崩れ落ちた。
 マクヴァルは、冷酷な表情で老人の亡骸を見下ろした。赤い血だまりが石の隙間に落ち込みながら、少しずつ床に広がっていく。マクヴァルは鏡を振り返った。手にした血で染まっている同じ黒曜石の短剣を、鏡の前に置く。
「戦士だと?」
 マクヴァルは短剣の血で、鏡面になにやら角張った文字を書き出した。鏡はその血を余すことなく吸い込むと、何事もなかったかのようにまた元のような輝きを取り戻す。マクヴァルは短剣を手にし、思い切り床に叩きつけた。短剣はビシッと音を立てて砕け散り、漆黒の光をまき散らす。マクヴァルは冷笑を浮かべると、鏡面をノックするようにコンコンと叩いた。
 老人は、その音で目を開けた、と、そう思った。だが、そこには自らの身体はなかった。自分という意識の前にはただ黒い鏡面があり、その向こうに床に這いつくばった自分の亡骸が見える。
「なにが戦士だ」
 冷ややかなマクヴァルの声が、鏡面の内側にも届いた。実際血はないのだが、血の気がひくような思いが老人の意識を貫く。
「いつか私がその戦士と会うことがあれば、あなたにもその鏡の中で会わせてさしあげましょう」
 マクヴァルはあざけるように笑いながら部屋を出ていった。その低い笑い声は、老人の意識に刻み込まれ、かせのようにズッシリと重たくのしかかった。

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