レイシャルメモリー 2-06


 フォースは、明らかにダメージを受けているように見えるリディアの髪を、ガラス細工を扱うようにそっとなでた。グレイは女神が机に置いた厚い本をめくり始める。しおりのようにはさまれた白い羽根ペンに気付き、小さな明かりを頼りにしてそのページに目を通し出した。
「おい、出てから読めよ」
 フォースは不機嫌に言い放った。グレイは肩をすくめる。
「だってこんなにある本、全部持って行けないよ」
「いきなり全部読める訳じゃないだろ」
 フォースに声だけ、そうだけど、と答えたが、グレイの視線は相変わらず本のページに向けられていた。ブツブツと詩を口にする。

  火に地の報謝落つ
  風に地の命届かず
  地の青き剣水に落つ
  水に火の粉飛び
  火に風の影落つ
  風の意志 剣形成し
  青き光放たん
  その意志を以て
  風の影裂かん

「なぁ、この詩なんだと思う?」
「知らねぇよ、そんなもの」
 女神に対して憤慨している投げやりなフォースに、グレイはため息をついた。
「だけど、さっきの様子だと、女神はこれを見せたかったんだと思うけど」
「意味が分からなきゃ、どうしようもないだろ。話せるんなら口で言えってんだ。あの野郎、リディアを好き勝手にしやがって」
 フォースの言いように、リディアが驚いて目を丸くする。
「あの野郎って、シャイア様に」
「けしかけられているみたいで嫌なんだ。あんな……」
 キスのことを口にできずに、フォースは唇を噛んだ。グレイは苦笑する。
「降臨の時に無事だったこともあるし、フォースにも何かあるのかもしれないな。あれは俺にはフォースへの期待に見えたよ」
「期待? 冗談。宣戦布告でもされた気分だ」
「お前なぁ……。いや、腹が立つのも分からない訳じゃないけどさ」
 グレイの言葉に短く息を吐き出すと、フォースは部屋を出ようと階段に足を向ける。
「もういい。ここを出よう」
「まぁ待て待て」
 グレイは、リディアと階段に向かいかけたフォースの鎧をつかみ、引き留めた。面倒そうに振り向いたフォースに本を手渡し、その上にもどんどん積み上げる。本が顔の高さまでくるとフォースはグレイに背を向け、リディアを促して階段を上り初めた。
「あ、フォース!」
「あとは自分で運べ」

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