レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部3章 抱卵の真実
3. 真実 01
奪還したヴァレスの街北側に、防壁が壊れている場所がある。反戦の意思があるというライザナルのお偉方が、フォースと会うために指定してきたのはそこだった。労働者を雇い、主にゼインの隊の指示により修繕工事が進められている。
夕暮れ前、日が傾きかけた中を、フォースはその指定された場所へと向かっていた。ちょうど作業が終わる時間なので、たくさんの労働者とすれ違う。フォースは目立たぬように軽い乗馬用の鎧を着け、人の流れに逆らわなければならないため、道の端をうつむき加減で歩いていた。
サーディが反戦運動をするのはよくないとフォースは思っていた。推進とまではいかないが、クエイドをはじめ、戦をやめるべきではないと主張する者も少なくない。皇太子であるサーディは、戦への思い一つで敵ができてしまう立場にいるのだ。しかし、コネはつかんだが実行を任されたことで、フォースはいくらかだが安心することができた。
「待ってよ」
不意に後ろからかけられた声に振り返ると、そこには子供の姿をしたティオがいた。フォースは思わず後ろに身体を向け、かがみ込んでティオと向き合う。
「どうしたんだ?」
「リディアが着いて行けって。何もしゃべらないで、話だけ聞いてろって」
フォースにはすぐに合点がいった。ティオは人の心を覗くことができるのだ。これほど正確に嘘を見破ることができる者は、人間にはいない。
「リディアを守るんじゃなかったのか?」
ティオはスプリガンという妖精で、リディアにまとわりついているガーディアンだ。言われて素直に着いてくるのが妙に可笑しく思う。フォースの苦笑を見て、ティオはムッとした顔をした。
「仕方がないだろ。すごく心配しているんだから」
むくれたティオの頭をなでて、フォースはありがとうと微笑んだ。どんなことになるか分からないから少し離れたところにいるようにと言いつけ、フォースはまた約束の場所へと足を向ける。
工事現場にはすでに労働者はおらず、崩れた防壁の前にゼインの隊の見張りが二人だけ残っているのが見えた。どちらもメナウルでは一般的な、茶色の髪と瞳をしている。しかし、そのどちらかが今回話をするライザナルの人間なのだ。フォースはまっすぐ見張りに向かって歩いた。もう少し暗くなってくると、フォースの目はほとんど黒に見える。自分がフォースだと見分けてもらうために、会う時間が日の沈む前でよかったと、フォースは少し安堵した。