レイシャルメモリー 3-08
「あなたに今、ドナの村まで連れてきていただけると嬉しいのですが」
ジェイストークは、相変わらずの笑みを浮かべながら騎乗する。ドナは今、国境の向こう側、ライザナルなのだ。笑えない内容の言葉に、フォースは冷笑した。ジェイストークはレクタードが馬に乗るのを待って口を開く。
「では近いうちに交換条件をもって、正式にお願いに上がることにいたします。あなたが嫌だと言えないような条件を考えることにしましょう」
ジェイストークの言葉に、フォースは苦笑して背を向けた。きちんと南門から街を出るつもりなのだろう、馬が街の中心に向かって歩き出す足音が聞こえてくる。振り返ると家々の陰に入っていく馬が、チラッとだけ見えた。
「どうするの?」
馬から下りたティオが、二人を茫然と見送ったフォースの顔をのぞき込む。
「どうするも何も、俺には全然信じられない」
「今の人たち、嘘は言ってないよ?」
ティオには何気ない一言が、フォースにとてつもなく重くのしかかってくる。
「連れてこなければよかった」
思わずそうつぶやいたフォースに、ティオはプッと頬をふくらませる。
「なんだよ。だってホントのことなんだから仕方がないだろ」
ティオの抗議に、フォースはため息と同時に苦笑した。
「ゴメン。だけど、いきなり突きつけられた現実がこれじゃあな。実感も何もありゃしない」
「あ、そういえば一つだけ嘘もあったよ」
真面目な顔のティオに、フォースは正面から向き合う。
「え? ホントか? 何だ?」
フォースは、それが何なのか期待してしまう自分が歯痒かった。ティオはそんなフォースの気持ちにはお構いなく、嬉しそうに微笑む。
「危険はありませんって言ってたけど、危険がないなんてことはないみたいだよ」
一瞬呆気にとられ、フォースは気の抜けたような笑い声を上げた。
「そりゃ、そうだろうなぁ。危険がなかったら警護なんて要らないわけだから」
フォースは、深いため息をついた。レクタードに見せられたサーペントエッグの材質違いのモノは、神殿においてきた鎧の内側に付けてある。メナウルの騎士が着ける正規の鎧に、ライザナルのお守りが下がっているのだ。
自分がライザナルの皇太子なのだとしたら。本当にここにいることが最初から間違いだったなら。ここに存在している自分はいったい何なのか。二位の騎士? それのどこに価値があるのだろう。
「ねぇ、帰ろう? リディアのとこに」
「ああ、そうだな」
歩き出したティオの後から踏み出した足元が、フォースには真綿を踏んでいるように覚束なく感じた。