レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第1部3章 抱卵の真実
4. 螺旋 01


 ティオをごまかしながら、フォースはたっぷり時間をかけて神殿に戻った。本当に戦をやめさせることができるなら、ライザナルに行くのは無駄にならないと思う。それは自分が皇帝を継げば、もっと現実味を増す。レクタードが反戦運動をしようとしていることも、心強い。
 レクタードが最後に言った、ここにいるのは間違いだという言葉を、フォースは否定できずにいた。母と自分がメナウルに来たことで、クロフォードのメナウルに対する敵意が強まったのだとしたら。ライザナルにいた方が両国共に憎悪の念をつのらせるようなことはなかったに違いない。むしろ自分のやっている反戦運動は、立場だけを考えてもクロフォードの持つ怒りと比べ形ばかりのモノに過ぎないだろう。しかもライザナルにいたとしたら、ドナの毒殺事件も起きずに済んだかもしれない。母が斬られてしまうことも、なかったかもしれないのだ。でも、それでもここにいるのは間違いだとは認めたくなかった。認めてしまえばメナウルでのすべて、自分自身の存在さえも失ってしまう気がする。
 神殿に着いたフォースは、夜の闇に高くそびえ立ち、月の青い明かりに浮かぶ鐘塔を見上げた。少し先を行くティオがフォースを振り返って待っている。
(自分の国に帰ったらどうだ? そこでなら神に忠誠を尽くす良い騎士になれるぞ)
 クエイドがイヤミで言った言葉も、情景ごと甦ってきた。それを振り払うかのように、フォースは神殿正面の入り口へと足を向ける。ティオはいつも出入りする応接室兼食堂への扉を少し気にしながらも、黙ってフォースに続いた。
「遅いっ」
 神殿裏の見張りだと思っていた人影が、走り寄ってきた。バックスだ。
「心配してたんだぞ。何かあったのか?」
 のぞき込んでくるバックスに、フォースはただ微苦笑を向けた。バックスは訝しげに神殿正面の入り口に目をやる。
「しかもフォースが神殿に表から入ろうだなんて、珍しいもいいとこ……、あ、リディアさんがいるの知ってるのか?」
 フォースはリディアの名前を聞いて息を飲んだ。その驚きようにバックスが疑問の目を向ける。
「どうしたんだ?」
「ゴメン」
 フォースはそれだけ言うと、バックスに軽く手を挙げるだけの挨拶をして、神殿の正面入り口に急いだ。
 見張りの兵の敬礼に、返礼するのももどかしく、フォースは神殿の大きな扉を開けた。祭壇の前にひざまずいて祈りを捧げている琥珀色の髪の後ろ姿が目に入ってくる。扉の音で身体をビクッと揺らすと、それからゆっくりフォースの方を振り向き、驚いたように立ち上がった。リディアだ。リディアの瞳から涙がこぼれ落ちたのを見て、フォースはリディアに駆け寄り、その身体を抱きしめた。

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