レイシャルメモリー 4-02


「スティアが……」
「聞いたのか」
 腕の力を緩めたフォースは、リディアが力無くうなずくのを見た。
「もう帰ってこないかと思っ……」
 リディアは声を詰まらせてうつむき、手で口を覆う。フォースはその手をとってリディアに口づけた。
 もしライザナルに行くとしたら。サーディやグレイとなら、どんな立場だろうと、どんなに時が経っていようと、再会したら今と変わらず笑い合い、話をすることができると思う。でも、リディアとは違う、そうはいかないだろう。だが、戻れるかも分からない自分を、ただ待っていろとは言えない。だからといって今まで敵だったその中に連れて行き、守り通せるとも思えない。しかも今のリディアはシャイア神を有する巫女なのだ。メナウルにいてさえ危険な目に遭うのに、ライザナルへ入って無事でいられるわけがない。
 逆にライザナルに行かなかったとしたら。ただでさえ嫌とは言えない条件を持って正式な連絡を入れるとまで言っていたのだ、逃げれば間違いなく追われる身になる。そのせいで戦が激しくなったりしたら、メナウルの中にも敵ができてしまうだろう。もしレクタードが皇帝を継いだとしても、今度はレクタードに命を狙われることになる可能性もある。どちらにしても、一緒にいるだけでリディアに被害が及ぶかもしれない。
 唇を離し、フォースはもう一度ありったけの力を込めてリディアを抱きしめた。
 ライザナルへ行き、戦をやめさせることができたとしても、その時には帰る場所は無いかもしれない。帰りたい場所は国などではなく、リディアそのもの、ここなのだ。それではライザナルに行く意味がない。しかし、メナウルで逃げ回り、失うことにおびえて暮らしても、そこには安らげる幸せなどカケラもないだろう。リディアを不幸にするだけだと思う。
 ただ一緒にいたい、それだけのことなのに、フォースはその手段を見つけることができずにいた。
「サーディ様とスティアとルーフィス様が応接室にいるの。行かなきゃ」
 何も言えずにいるフォースに、リディアは腕の中からうつむいたままつぶやくように言う。フォースはうなずくと、リディアを促して後から続いた。何を考えていたのか、押し黙って椅子に座り、足をブラブラさせていたティオが、リディアを追い抜いて廊下に駆け込んでいく。
 思いを巡らせてみて、フォースはハッキリと理解したことがあった。もしもそのままライザナルにいて母が生きていられたとしたら、自分から剣を手にすることはなかっただろう。人の命や立場と、これほど接することはできなかっただろう。なにより、リディアと会うことすら無かったのだ。いくら間違いと言われても、メナウルが今の自分を作り上げていることには違いない。そして、今のままの自分でいるためには、リディアがどうしても必要なのだということも身にしみて感じる。

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