レイシャルメモリー 4-05


 ルーフィスの返礼を受け、バックスはフォースを促した。フォースはサーディとスティアに敬礼を向け、リディアをエスコートして階段を二階へと向かう。階段下に目をやらずに二階の廊下に入ったフォースを、バックスは後ろについて歩きながら、黙って見ていた。ドアを開け、フォースは部屋の中を確認して戻ってくる。
「じゃあ、おやすみ」
 フォースは、リディアに普段とまったく同じに声をかけた。だが、いつもなら手を振ってドアを閉めるリディアが、フォースと向き合ったままその瞳を見つめ、何度か口を開きかけて何か言い淀む。
 邪魔にはなりたくない、そうリディアは思っていた。できることなら、行かないでと泣いて、すがってしまいたいと思う。でもその都度、逃げるのは嫌だと言ったフォースの言葉が頭をよぎった。
「リディア?」
 フォースは、悲しげにうつむいたリディアの顔をのぞき込んだ。リディアは、少し近づいたフォースの唇にキスをする。
「おやすみなさい」
 震える声で言うと、リディアは部屋へと入ってドアを閉めた。その行動で、フォースはリディアがどうしたいのか、その気持ちを少しも聞いていないことに気付いた。話を聞けるだけの余裕も持てない自分を苛立たしく思う。神殿に戻って最初に見た、祈りを捧げていた悲しげなリディアの姿が目に浮かんできた。
 肩を落としてドアノブに移したフォースの視線の中に、バックスの足元が見えてくる。ハッとして顔を見上げると、バックスが難しい顔でフォースを見ていた。
「まさか、何もなかっただなんて言わないよな?」
 バックスはまっすぐフォースを見据えている。フォースは嘲笑を浮かべた。
「実の父親が分かったんだ」
「そうなのか?! そりゃ、良かっ……? 良かったんだと、思うぞ?」
 バックスの迷ったような言葉に、フォースは苦笑した。
「それが、クロフォードなんだ」
「クロフォード? って、どこかで……、え? まさかライザナルの皇帝?! い、いや、あの、ええっ?」
 パニックを起こしているバックスをおいて、フォースは自分の部屋のドアを開け、止めようとしたバックスに手を振ってドアを閉めた。
 窓のない部屋に、小さな明かりが一つ灯されている。フォースは着けていた軽い乗馬用の鎧を外し、大きくため息をついた。部屋の隅に置いてあった鎧が目に入ってくる。メナウルの正式な騎士が着ける鎧だ。いつもよりずっと重たく感じるそれを手にし、内側からサーペントエッグと呼ばれていたライザナルのお守りを外す。

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