レイシャルメモリー 4-07


「誰だって、あんなところにそんな人がいるとは思わないよ」
「行ったことがあるのか?」
 聞き返されて、フォースは慌てて口をつぐんだ。
「いつの話だ、まだそんな無茶を」
「随分前だよ、騎士に成り立ての頃だからまだ近かったし。今はもう、そんなことはしてないって」
「当たり前だ! まだそんなことの判断もつけられないようじゃ」
「だからもう昔の話だってば。ごめんって」
 まだ疑わしげなルーフィスに、フォースは頭を下げた。
「まったくお前という奴は……」
 フォースの耳に、ブツブツと文句を言う声が聞こえてくる。
「今回のこともそうだ。捕虜というと響きはよくないが、いくらでも取引はできる。もし自分が犠牲になりさえすればいいなどと思っているなら、ライザナルになど行かせんぞ」
 犠牲と言われ、自分でそう思っているかもしれないとフォースは気付いた。そして、行かせんという言葉にホッとする。だが、均衡を保っていくには、ひどく微妙な駆け引きを必要とするだろう。半端ではなく大変なことだと思う。
「それ、難しいだろ」
「お前は考えなくていい」
 そのルーフィスの言葉に、フォースは吹き出した。
「なんだよそれ」
「今まで通りでいてかまわん」
 ルーフィスの真剣な目と向き合い、冗談で考えなくていいと言ったのではないのかと、フォースはちょっとムッとした。今まで通り、何も変わらずにいられたらとは思う。だが、もしも自分が変わらずにいられたとしても、きっとまわりは違うだろう。ライザナルの人間だと聞いただけで、自分さえ構えてしまうのだ。
「でも、今までと同じように過ごすなんてのは、きっともう夢でしかない……」
「いや、お前は今まで夢を見ていたわけじゃない。一つずつ積み重ねてここまで来たんだ。それは簡単に崩れるモノじゃない」
 ルーフィスの言葉に、フォースは苦笑した。父がこんな気休めを言うのは、コレがそれほど大きな事態だからなのだろうと思う。
「そうだったらいい。だけど、土台が無くなってしまったみたいで、足元が覚束ないんだ。どうしていいか分からない」
 視線を落としたフォースの頭に、ルーフィスはポンと手を乗せ立ち上がった。
「まあ、交換条件の提示とやらがあるまで、少し時間もあるだろう。ゆっくり考えてみるといい」
 うつむき加減のままうなずいたフォースが気になり、ルーフィスはドアに向けかけた足を止めて振り返った。
「そういえば、エレンはお前が乳飲み子のうちから、お前は必ず剣を取るようになると言っていたな」

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