レイシャルメモリー 4-10
リディアは月明かりで照らされた青い風景を見つめた。ヴァレスの街が足元に広がり、その向こうにドナへの道が見える。そしてその向こうはライザナルだ。ハッとして隣に立つフォースを見上げると、その瞳はリディアを映していた。フォースは景色を見ているのだと思っていたリディアは、驚きに目をそらしてうつむく。スティアと交わしていた会話が、イヤでもリディアの脳裏に甦ってきた。
「行って、しまうの……?」
消え入るような声がフォースに届く。
「分からない。逃げたり、かくまってもらったりじゃ、死ぬまで状況が変わらないのは分かっているんだけど」
うつむいたままリディアは、そうね、とつぶやいた。フォースは顔をしかめると、大きく上に向かって息を吐き出す。
「きっと、ラッキーなことなんだ、戦をやめさせる努力が直接できるだなんて。でもそれがリディアと引き替えなら俺は……。一体なんのために行くのか……」
眉を寄せて、フォースはライザナルのある北を睨みつけるように見た。リディアはゆっくりと顔を上げ、険しい表情の横顔を見つめる。
「もし、もしも、行ってしまうことになったらその時は……」
「もしもって、他にも方法があるかもしれない。もっと、できる限りのことを考えて」
フォースの言葉を遮って、リディアは首を横に振る。
「その時は、待たせて」
その言葉に驚き、フォースはリディアと向き合った。
「待つって、だけど、それがいつまでか、戻れるかどうかすら分からないんだ。約束もできないのに」
「約束はいらない。無理だったら、その時は忘れてくれて構わないの。それなら邪魔にならないでいられるでしょう? だから」
約束はいらない? 忘れて構わない? 邪魔にならない? 口にするのは辛かっただろう聞き返したい言葉を、フォースは飲み込んだ。見つめ合うリディアの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「お願い、待たせて」
フォースはリディアを思い切り抱きすくめた。こんなふうに言ってくれる気持ちを思うと、ひどく胸が痛む。できることなら必ず戻ると言葉を返したい。だがこんな不確実なことはないのだ。約束をしてしまったら、帰ることができなかった時、なおさらリディアを苦しめることになってしまう。でも、もしライザナルに行くことになっても、この言葉がある限り、帰る努力を決して止めることはないだろう。
「待たせて」
何度も繰り返されるその大切な言葉をすくい取るように、フォースはリディアに口づけた。