レイシャルメモリー 1-03
(この子をお願いね)
騎士になるための教育の一環として、エレンに仕えていた時のことだ。エレンはアルトスに向かって何度もその言葉を口にした。王位継承権二位であるレクタードの母リオーネが悔しがるのなら分かるが、エレンが苦悩するのはどうしてなのか、まだ十歳だったアルトスには分からなかった。いや、実際なにが起こっていたのかを知った今でも、すべてを理解できていないのだとアルトスは思う。
「立派に成長されていた。メナウルでは二位の騎士で現在は女神の護衛に就いておられる。その点は育ての親であるルーフィス殿に感謝だな」
ジェイストークの感謝という言葉に、アルトスは不機嫌に目を細めた。剣の腕だけは自衛のために無いよりはマシというくらいで、メナウルで騎士だろうとライザナルではなんの意味も持たないのだと思う。だがそのたびに、濃紺の色を持つ身命の騎士という名のカクテルが頭をかすめた。人を斬らない戦のやり方や、メナウルに迷い込んだ子供をラジェスに送り届けたりなどという行動をし、国ではなく人のために戦う騎士というイメージから、フォースを指して作られたカクテルだと聞く。しかも、ライザナルのラジェス近辺が発祥で、庶民の間で密かに流行っているらしい。意味を持たないはずのライザナルでさえ、フォースは騎士として存在しているのだ。
ジェイストークは、冷めた目をしたアルトスをうかがいながら言葉をつなげる。
「陛下には、レイクス様が納得できるだけの交換条件を出していただこうと思っているんだ」
「交換条件? メナウルにそんなことをしても通じないだろう」
アルトスが向けてくる厳しい視線に、ジェイストークはやっと口を開いたかと笑顔を返した。
「メナウルにとは言ってない。レイクス様本人にだ。陛下の思いを、まっすぐ伝えることができるだろう? そういったモノを気安く断れる方ではないから、結局は一番手っ取り早い」
「だといいが。女神がいる間なら、一年停戦したところで結果に変わりはないだろうしな」
変わらないなら交換条件の意味がないと思いながら、ジェイストークは苦笑した。だが、皇帝の怒りさえも自分が原因の一端だと受け入れてしまうくらいだ、停戦なら充分に交換条件となるだろう。間違いなく衝突が無くなる期間ができることを、身命の騎士などと呼ばれる人間が望まないはずはない。弱みにつけ込むことになるのかもしれないが、それでも自らの意思でライザナルへ来てもらえるなら、いいのだとも思う。
「歳、食ったかな」
そのつぶやきに、ジェイストークが持つフォースへの執着を見た気がして、アルトスはただ微苦笑した。
家々の間隔が、少しずつ広くなってくる。そして、家が途切れたその向こうに墓地が広がった。小さな村のわりに多くの墓石があるこの場所が、昔ここであった悲しい出来事を暗示している。いくら月明かりがあっても、気持ちのいい所ではない。その中のいくらか蛇行して延びている道を、アルトスはためらうことなく奥へ進んだ。